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うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「イノベーションの機会、外部の者にとってのチャンス」

 本社1階の出荷場の様子

本日のテーマは「未来像が、未来を創る」です。

会社のトップは誰しも、頭の中には会社の未来像がぎっしり詰まっており、常に会社のあるべき姿の未来像を、楽しみながら書き換えているのです。

創業のころの未来像は、製麺機の世界でトップになることだけでしたが、年数を経るに従い、社会、環境の変化、お客さまの変化を観察し、メンテナンスの重要性を理解し、年中無休365日のメンテナンスを始め、お客さまが技術、ノウハウ、知識が足りないために、麺ビジネスが上手くいかない現状を知り、うどん学校、蕎麦学校、ラーメン学校等の学校運営が始まったのです。

創業したころは、今のようにメンテナンスの重要性も理解しておらず、製麺機を販売しても修理はそれほど発生しないと思っていましたし、修理がお客さまにとっても、当社にとっても、重要事項であったり、社内にメンテナンス部門が大きな位置付けになるとは思ってもいなかったのです。

麺学校についても同様で、美味しい麺作りのノウハウの構築と指導は、製麺機メーカーであっても重要事項であると思っていましたが、だしの取り方、盛付方法等の技術面だけでなく、マネッジメントまで教えるようになるとは、思ってもいなかったのです。

15年前にうどん学校を開校し、12年前にラーメン学校、蕎麦学校を開校し、生徒さんたちにとっては、大きな成果を挙げてきたのです。

そして、今までは麺学校でさまざまなノウハウの提供を行なうレベルで良かったのですが、昨今の生徒さんを見ると、これからの麺学校では、さまざまな教科を単に教えるレベルでは到底足りないことが分かってきたのです。

うどん、蕎麦学校の卒業生でも、過去の統計を取ってみると、開業3年以内に10%強の生徒さんが閉店しているのです。(当社のうどん、蕎麦学校に来ないで開店した場合は、3年以内に70%以上閉店している)

ラーメン学校の卒業生の場合は、開業3年以内の閉店は6.6%で、ラーメン学校に来ないで開店した一般の開業者は、70%以上が3年以内に閉店しているので、10倍以上の差になります。

このように当社が製麺機の製造販売だけでなく、お客さまのビジネスに深く関与すればするほど、お客さまの抱える真の課題がよく見えてくるのです。

麺学校を始めてから、生徒さんの閉店率は、非常に大きな関心事になっており、当社は、製麺機を販売したお客さまがもし閉店した場合は、製麺機を全数買い戻すようにしているので、特にお客さまの不振とか、閉店にはたいへん敏感になっているのです。

昨今はたいへんな人手不足の時代になっていますが、これは一過性のものではなく、これからの日本ではずっと続く課題であり、人手不足のために麺ビジネス自体が成り立たなくなってきたりしているのです。

だから、今のまま状態を傍観していると、当社初め、製麺機メーカーのお客さまは、数の減少が避けられず、反対に人手不足の時代背景、少子高齢化の時代背景を受け、右肩上がりのビジネスも現れ始めているのです。

まだ日本の場合は、生産年齢人口は大幅に減少しているのですが、高齢者人口が大きく増え続けているので、総人口はそれほど大きく減少していないのです。

だから、駄目になっていくビジネスがある一方で、伸びているビジネスが次つぎと発生しているので、私も常に頭の中にある未来図を新しい時代に合わせて、常に書き直しているのです。

新しいビジネスのヒントは、われわれの周りに幾らでもあり、飲食ビジネスの場合は、セブンイレブンの弁当売り場の変化とか、デパ地下等が情報の宝庫であり、街に出てみると、参考になる情報は散乱しているのです。

ネット上にも情報は散乱していますが、ネットだけで完結することはほとんどなく、必ず、現地へ出向き、正しい現実に触れる必要があるのです。

われわれに必要な情報は国内だけでなく、場合によっては海外に行く必要がある場合がありますが、今は簡単に海外に行くことが出来るので、情報収集にはお金とエネルギーをかける必要があるのです。

新規に新しくビジネスを始める方は経営者であり、組織のトップであるので、常にビジネスの未来図を書き続けていく必要があり、未来図がシッカリしていればいるほど、素晴らしいビジネスを展開出来るのです。

ありきたりでない、ユニークなビジネスの未来図の書き方については、常に麺学校の経営講義で生徒さんたちと共有しているので、少しの費用と2日間の時間を犠牲にするだけで、新しい世界が開かれるのです。

われわれは、過去漫画家が描いた未来の姿が次つぎと現実になっていることを知っています。

未来の姿を描き続けることにより、未来が未来のままではなく、いつしか現実になっているのです。

ワクワクするような未来像を描き続けることにより、ワクワクするような現実を手に入れることが出来るのです。

本年2月21日から始まった、173日間に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びを終え、最終のまとめに取り組んでいきます。

イノベーションの機会

外部の者にとってのチャンス

産業構造の変化は、その産業の外にいる者に対し、例外的とも言うべき機会を与えるのですが、ところが産業の内にいる者にとっては、その同じ変化が脅威に見えるので、イノベーションを行なう外部の者は、さしたるリスクを冒すことなく、急速に大きな勢力を得ることが出来、以下のような、幾つかの例があります。

1950年代、ウオール・ストリートの証券会社で働いていた3人の若者が、知り合い、彼らは、大恐慌以来20年間無風状態だった証券業界が、大きな変化の時代に入ろうとしていること、またその変化が、資金もコネもない者に対し機会を、提供しているということで考えが一致したので、彼らは、ドナルドソン・ラフキン&ジェンレットという証券会社を設立し、その5年後の1959年、同社はウオール・ストリートで主要な地位を占めるまでに成長したのです。

彼らは、証券業界にとっての新しい顧客、すなわち年金基金の運用責任者という新しいタイプの顧客が、急速に大きな存在になっていることを知り、しかもその新しい顧客は、さして難しいことを求めているわけではなく、単に新しいことを1つ求めているだけで、既存の証券会社は、それらのサービスを提供していなかったので、ドナルドソン・ラフキン&ジェンレットは、新しく登場してきた新しい顧客に的を絞り、「調査サービス」を行なう証券会社になったのです。

同じころ、証券業界にいたもう一人の若者が、証券業界に構造変化が起ころうとしており、その変化が新しい証券会社をつくる機会になり得ることを理解し、この若者が発見したイノベーションの機会は、「賢明な投資家」で、彼はその機会をとらえて大きな事業、しかも今日さらに成長しつつある事業を築いたのです。

医療の世界でも、1960年代の初めか半ば頃に構造変化が起こり始め、中西部のある大病院の管理部門で働いていた3人の若者、しかも全員20代の若者たちが、この構造変化がイノベーションの機会を提供していると判断し、彼らは、病院の厨房、洗濯、建物管理などの庶務的な仕事には、専門能力が必要になるということで意見が一致し、そこで、彼らはそれらの仕事を組織的に行なう会社を作り、各地の病院に対し、自社の訓練した要員を派遣し、その費用はコストの削減額の一部で賄うという契約を示し、20年後の今日、この企業は10億ドル規模に発展しているのです。

最後の例が、MCIやスプリント(スプリントは、私鉄のサザン・パシフィックが設立)を初めとする長距離通話割引会社で、いずれも通信産業以外から参入した企業で、それらの企業はAT&Tの長距離通話の料金体系にほころび(矛盾)を見つけたのです。

長距離通話は、第2次世界大戦までは、政府機関や大企業のもの、或いは家族の死亡など緊急連絡用のものだったのですが、第2次世界大戦後、日常のものとなり、成長分野になったのですが、AT&Tは、料金決定の権限を持つ州当局からの圧力もあって、長距離通話を贅沢品として位置付け、コストを大幅に上回る料金を取り、その利益を近距離通話の補助に回し、AT&Tはこの不合理に対する緩和策として、長距離通話の大口利用者に対してだけ、大幅な割引を行なったのです。

1970年頃、長距離通話からの収入が、近距離通話の収入と肩を並べ、追い越しそうになってきたのですが、料金体系は据え置いたままだったので、新規参入者はこの状況を機会としてとらえ、彼らは大口利用したとして、割引を受け、それを分割して再販し、割引分は利用者との山分けで、彼らは大きな利益を上げ、利用者も長距離通話料金を大幅に節約することが出来、10年後の1980年初めには、割引会社の扱う長距離通話は、彼らが登場した頃、AT&Tが扱っていた長距離通話を上回るに至ったのです。

ここに挙げた例には、1つだけ共通することがあり、それは、イノベーションを行なったものが、もともと機会の存在を知っていたことで、しかも彼らは、最小のリスクのもとに成功することを確信していたのです。

日本にも、同じような事例は無数になり、以上の事例から学べることはたくさんあり、日本の事例では、戦後の1946年(昭和21年創業)で、オートバイ事業から出発したホンダ技研は、創業17年後の1963年(昭和38年、東京オリンピックの前年)には、四輪車業界に参入し、この頃の日本は、高度成長期に突入した頃であり、オートバイから始まったモータリゼーションの波は、欧米のように、すぐに四輪車の時代になることは、この頃の人たちの誰もが予見することが出来たのですが、この頃の2輪車メーカーのうち、果敢に4輪車ビジネスに参入したのは、ホンダとスズキだけであったのですが、結果として、両社とも大成功し、もし、両社とも4輪車ビジネスに参入していなかったら、現在の企業規模の何分の1でしかなく、企業としての体力も十分でなかった頃であったのですが、自動車ビジネスの到来を予見して、新市場に積極果敢に進出し、結果として大成功したのです。

ホンダは、国内での自動車メーカーとしての地歩を固めながら、同時に世界一の2輪車メーカーとして、世界各地に製造工場を作り始め、アメリカにおいても、設備投資の軽い2輪車工場を先に作り、その後、1982年(昭和57年)には、オハイオ州メアリーズビル(コロンバス郊外)にて、日本の自動車メーカー初となるアメリカ合衆国での四輪車(アコード)の現地生産を開始し、昨今の日本の企業のグローバル化の手本とも言える大規模な日本国外への展開を、時代に先駆けて行ったのです。

2輪車のジャンルで、世界一であったにせよ、業界最後発で、自動車に進出し、日本では業界2位のシェアを占めるようになっている現実を見ると、必要な時期に、伸びている市場(構造変化が起きている市場)に進出することの大切さを読み取ることが出来、本田技研の場合は、4輪車に進出した時は、最小のリスクではなかったかも知れませんが、4輪車工場を海外展開した時は、2輪車工場を最初に作り、現地でのさまざまな経験を積んでから4輪車工場を作ったので、他の4輪車メーカーより、はるかに小さいリスクで海外進出が出来たのです。

他に、産業構造の大きな変化を予見して、過去成功したビジネスに、冷凍食品ビジネスがあり、家庭の主婦が外へ働きに出るようになり、料理を作る時間を省くためのさまざまな商品が出始め、デパ地下の惣菜、スーパーの惣菜コーナー、持ち帰りすし、弁当、そして冷凍食品ビジネスが大きく伸び、同時に、外食ビジネスも大きく伸び、最初はファミレスから始まり、次に専門店が強くなり、うどん蕎麦店、ラーメン店の順で伸び続けてきました。

最近までは、日本の外食はサラリーマンを対象にしていたビジネスが成功していたのですが、生産年齢人口の減少と共に、これからの日本は、女性とシニアの時代になり、更にビジネスの内容も大きく変貌を遂げていこうとしていて、常に、外部環境は10年単位で大きく変わり続けています。

しかし、さまざまな構造変化をシッカリ凝視していると、どのように変わっていくのかは、予見することが出来なくはなく、その予見により、自社の資源を有効活用出来る、可能性の高いビジネスの仮説を立てることは難しくはないので、いよいよ、われわれの出番なのです。

本社1階の出荷場では、毎日、最終検査を終えて出荷待ちの機械が青いフィルムで保護されて、出荷を待っています。

最近は、毎日のように海外向けの機械が並んでいるのです。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

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