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はじめに
2015年にオープンしたハウステンボス「変なホテル」は、ロボットスタッフを揃えた世界初のホテルとギネス世界記録が公式に認定したホテルでしたが、見事に失敗したのです。
その結果、ホテルは自動化を減らし、ロボットの半分を「解雇」したのです。
この事例は完全自動化の限界を浮き彫りにしています。
とりわけ対面でのサービスに大きく依存しているホスピタリティ産業では、すべてがマシンという顧客接点は、結局、最善の策ではないのです。
人との繫がりはまだ欠かせないので、必ずしもすべての業務が自動化できるわけではなく、ロボットは確かにクールで、人間は血が通い、温かいのです。
現状では、まだ、両方を組み合わせることが、顧客体験(CX)の未来になるでしょう。
この見方は、オンライン・チャネルとオフライン・チャネルを組み合わせて使う顧客がますます増えているという事実によって裏づけられているのです。
グローバル顧客の44パーセントがウェブ・ルーミング(オンラインで調べて店舗で買う)を、23パーセントがショー・ルーミング(店舗で体験してオンラインで買う)を採用していることが、マッキンゼーの調査で明らかになっています。
トランスコスモスがアジアの10の主要都市で行った調査では、ほとんどの顧客が製品カテゴリーによってウェブルーミングとショールーミングを使い分けていることが明らかになっています。
このようなハイブリッドのカスタマー・ジャーニーには、CX(顧客体験)に対するオムニ・アプローチが必要で、ハイテクであっても、ハイタッチのアプローチが必要なのです。
デジタル世界での顧客体験CXを見直す
CXは新しい考えではなく、エクスペリエンス・エコノミー〈体験経済〉という概念は、1998年にパインとギルモアによって初めて打ち出されました。
2人は、製品・サービスは、かつてはイノベーションのおもな手段だったが、今ではコモディティ化して区別がつかなくなっており、プレミアム価格を付けることは戦略をアップグレードしないかぎり不可能だと主張しました。
製品特性の小さな差異は、顧客による競合他社へのスイッチングを防ぐかもしれないが、支払意思額(WTP:Willing to pay)を増加させることはまずできないのです。
企業は経済的価値向上の次のステップ、すなわち(顧客)体験に移行しなければならないのです。
劇場を比喩として使うと、体験を重視する企業は、製品を小道具、サービスを舞台として使って、顧客と忘れがたい関わりを持つのです。
この考えはデジタル化の進展によって、主流の人々から大きな支持を得るようになり、インターネットの透明性は、顧客が製品・サービスを比較することを容易にし、コモディティ化を促進しました。
したがって、企業は体験を基本的な提案レベルを超えるものに作り直す必要があるのですが、極めて重要な点として、顧客はブランドとの本物の繫がりを強く望んできたのですが、そうした繫がりは、逆説的ですが、ネット接続された時代にはまれになっているのです。
その結果、企業は今日、インターネットや他のデジタル技術を使って顧客とやり取りし、深く関わり合ったりせざるをえないと感じているのです。
そして、製品がコモディティ化しているので、企業は今ではイノベーションの焦点を、製品を取り巻くあらゆる顧客接点:タッチポイントに向けているのです。
要するに、製品と接する新しい方法が、今では製品そのものより魅力的になっています。
競争に勝つための鍵は、製品にあるのではなく、顧客が製品をどのように評価し、購入し、使用し、推奨するかにあるのです。
CXは事実上、企業がより大きな顧客価値を生み出し、提供するための新しい効果的な方法になっているのです。
実際、CXは企業業績のおもなドライバーの1つであり、セールスフォースの調査によると、接続された顧客の3分の1が、素晴らしいCXには上乗せ料金を払ってもよいと思っているのです。
プライス・ウォーターハウス・クーパースの調査でも、顧客の4人に3人弱が、素晴らしいCXは自分をそのブランドに留まらせ続けると答えています。
また、顧客はよりよいCXには最高で16パーセントの上乗せ料金を払ってもよいと思っているのです。
顧客接点:タッチポイントに注目し続ける──5A
CXという概念は、製品イノベーションの狭い焦点を拡大することを目的とするものなので、CXを広い視野でとらえることが不可欠であり、CXは購入体験や顧客サービスだけを意味するものではないのです。
それどころか、顧客が製品を購入するずっと前から始まり、購入後もずっと続くので、CXは顧客が製品に触れる可能性のあるすべてのタッチポイント──ブランド・コミュニケーション、小売体験、販売員とのインタラクション、製品の使用、顧客サービス、他の顧客との会話──を包含しています。
顧客にとって意味があり、しかも忘れがたいシームレスなCXを提供するためには、企業はこれらすべてのタッチポイントを統合しなければならないのです。
コトラーはマーケティング4・0で、これらのタッチポイントをマッピングし、優れたCXを生み出すための枠組みを紹介しました。
5Aから成るカスタマー・ジャーニーは、顧客がデジタル世界で製品・サービスを購入、消費するときにたどる道筋を表している【図7―1】。

これはすべての産業に当てはまる柔軟なツールで、顧客の行動の説明に使われるとき、実際のカスタマー・ジャーニーにより近い図になっているのです。
今日も依然として意味があるだけでなく、人とマシンをどのように総合的な顧客体験に統合するべきかを理解するための強力な基盤を提供してくれます。
5Aは、一見個人的に見える顧客の購買決定の多くが、本質的に社会的な大きな動きであることを示しています。
生活のペースが加速し、コンテンツが急増し、集中力の持続時間が短くなる中で、顧客は自分自身で決定を下すことの難しさを経験し、そのため、もっとも信頼できる助言者、すなわち友人や家族に頼るのです。
顧客は今では積極的に繫がって、ブランドについて質問し、ブランドを他者に推奨したりするので、顧客ロイヤルティの測定基準も、単なる維持や再購入から推奨に変わるのです。
認知段階では、顧客は体験やマーケティング・コミュニケーションや他者の推奨から、たくさんのブランドを知ります。
いくつかのブランドを認知した顧客は、自分が見聞きしたあらゆるメッセージを処理して──短期記憶をつくったり、長期記憶を増幅させたりして──少数のブランドだけに引き付けられるようになり、これが訴求段階です。
顧客は好奇心に駆られて、通常、自分が引き付けられたブランドについて積極的に調べ、友人や家族から、メディアから、あるいは当該ブランドから直接、追加の情報を得ようとするのが、調査段階です。
調査段階で追加情報に納得したら、顧客は行動を決意するのですが、望まれる顧客行動は購入だけではないことを肝に銘じるべきで、ブランドを購入したあと、顧客は消費や使用、さらにはアフターサービスを通じて、ブランドとさらに深く接するのです。
やがて顧客はそのブランドに対するロイヤルティ意識を育み、その意識は顧客維持、再購入、そして最終的には他者への推奨に表れ、これが推奨段階です。
あらゆる企業の究極の目標は、ジャーニーの最初から最後まで卓越したインタラクション(相互関係)を提供することによって、顧客を認知から推奨にまで進ませることです。
これを達成するためには、企業はそれぞれのタッチポイントを入念に設計し、いつ自動化を使い、いつ対面のヒューマンタッチを使うかについて決定しなければならないのです。
自動化は通常、予約や支払いなど、顧客が単にスピードと効率を求めているときに有効で、その一方で、相談やもてなしのためのインタラクションなど、柔軟性や状況理解が求められる業務を遂行するのはまだ人間のほうが優れているのです。
新しいCXにおける人間とマシン
ハイブリッドのCXでは、人間の役割とマシンの役割が等しく重要であり、人間とマシンは得意分野が異なるだけでなく、補完し合う関係でもあるのです。
コンピューターのスピードと効率のおかげで、人間はある種の仕事から解放され、空いた時間で想像力が求められる他の活動を行うことができ、自動化は人間の創造性を次のレベルに押し上げる手段なのです。
その意味で、テクノロジーはイノベーションを実現可能にし、加速するものであり、テクノロジーはそれが発明された目的、つまり、人的資源の解放に資するのです。
マシンと人間がそれぞれどの分野で勝っているかをもっと詳しく見ていく前に、モラベックのパラドックスを理解しておく必要があります。
ハンス・モラベック〈アメリカの人工知能(AI)・ロボット研究者〉は、コンピューターに知能テストでよい成績をとらせるのは比較的簡単だが、コンピューターに1歳児レベルの知覚・運動スキルを与えるのは不可能に近いと述べたことで知られています。
人間では高度な能力と認識されている推論は、生涯にわたる意識的な学習を必要とするのですが、コンピューターに簡単に教えることができます。
われわれは推論がどのように進むかを知っているので、同じロジックを極めて簡単なプロセスでマシンに教え込めるのです。
マシンは処理能力が高いので、推論を人間よりはるかに速く学習し、適切に使うことができますが、その一方で、感覚運動知識──人間の知覚や環境に対する反応──をコンピューターに教え込むのはもっと難しいのです。
これは子どもが人や環境と楽々と交流する幼児期に習得される低レベルのスキルのように見えますが、他の人々の気持ちを本能的に理解し、共感を抱くということです。
子どもがこうした能力をどのように発達させるのかは、誰にもわからず、こうした能力はたいてい、何百万年もの人類の進化の間に構築された無意識の学習によって習得されるので、教えるのが難しいのです。
AI科学者たちは、意識的プロセスを応用することによって、無意識の学習をリバース・エンジニアリングしようとしてきました。
コンピューターは個々人の顔を認識し、その奥にある感情の推測まで行うために、何十億もの顔とその固有の特徴を分析し、音声や言語の学習についても同様です。
成果が出れば、素晴らしいですが、それを達成するには何十年もかかり、ロボティクスでは、これまでのところ限定的な成功に留まっています。
ロボットは外的刺激に対して、人間の身体の動きを再現できるようになりましたが、美しい身のこなしを再現することには成功していないのです。
コンピューターは、人間最大の資産であり能力である、論理的思考や推論を容易に超えることができますが、逆に、人間にとって学習するのが当たり前のように思えることをマシンが模倣するには、何十年もの時間と途方もないコンピューター処理能力が必要です。
一部の人が往々にして当たり前のものと思っているスキル──たとえば常識や共感──が、人間をコンピューターと区別するスキルで、これがパラドックスです。
情報処理の変化
人間とコンピューターの違いを特徴付けるおもな要因は、情報を処理する能力で、DIKWピラミッドとして知られるナレッジマネジメントの階層があります。
これはデータ(data)、情報(information)、知識(knowledge)、知恵(wisdom)で、T・S・エリオットの詩劇「岩のコーラス」から一部ヒントを得たこのモデルには、さまざまな作者によるいくつものバージョンがあります。
コトラーはDIKWの枠組みにノイズ(noise)と知見(insight)を加えた6層のモデルを使います【図7―2】。

データと情報と知識はマシンの領域として確立されており、コンピューターは、無秩序なデータを高速で、しかも無限に近い能力で処理して、意味のある情報にするのが得意です。
これによって生まれる新しい情報は、関連情報や他の既知の文脈の貯蔵庫に追加されて、いわゆる知識を発展させ、コンピューターは自身のストレージ〈記憶装置〉の中にある大量の知識を整理して管理し、必要に応じて取り出すことができます。
処理の量的性格と量の多さゆえに、マシンはこの種の仕事にうってつけで、他方、3つのいくぶん曖昧で直観的な要素(ノイズ、知見、知恵)は、人間の領域にあるのです。
ノイズはデータの歪や逸脱で、データを構造化されたクラスターに分類する際に大きな妨げになる恐れがあり、この好例は外れ値です。
コンピューターは、外れ値を他のデータセットからの大きな逸脱と素早く認識できるのですが、外れ値は有効なばらつきである場合もあれば、エラーの場合もあるのです。
そして、それを判定する唯一の方法は、現実世界の理解に基づく主観的判断になり、ここで人間の──データ科学者ではなくビジネスピープルの──出番となります。
人間がその外れ値を含んだままにするか取り除くかを決めることになり、ノイズを除去するにあたって人間の判断は必須です。
ときには例外、すなわち外れ値のデータの発見により知見が得られることもあり、多くのマーケットリサーチャー、とりわけエスノグラフィ調査〈行動観察調査〉を行うリサーチャーが、一般的ではない顧客行動を観察しているとき、意味のある知見を得ることが多く、彼らは型破りのアイデアを見つけるために、往々にして正規分布の両方の端にいるエクストリーム〈極端な〉ユーザーを意図的に観察します。
これらの異常な観察結果は、まれにしか発生しないため、通常、統計的には意味がないとみなされます。
確立された知識を超える知見を見つける作業の質的側面は、人間の直観的性質によく合っているのです。
ピラミッドの最上層には知恵があり、これはおそらくマシンによる模倣がもっとも難しい能力で、知恵は、われわれが公平な見方と的確な判断と倫理的配慮を統合して正しい決定を下すのに役立ちます。
われわれが生涯にわたりどのように知恵を発展させていくのかは、誰にもわからないのです。
だが、ほとんどの人が同意するのは、知恵は理論からではなく豊富な実践的経験から生まれることです。
つまり、人間は自分の過去の決定のプラスの結果とマイナスの結果の両方から学び、時間とともに知恵が磨かれていくのです。
狭い機械学習とは異なり、このプロセスは極めて広く、人間の生活のあらゆる面に及んでいて、市場調査の分野では、マーケターはコンピューターの助けを得て情報を処理し、市場のシミュレーションモデルを作成するのです。
だが、最終的には、自分の知恵を使って実行可能な知見を引き出し、正しい判断を下す必要があり、人間は往々にしてAIが推奨する決定をくつがえさなくてはならないのです。
その好例は、デイビッド・ダオが巻き込まれたユナイテッド航空の事件で、ダオは2017年にユナイテッドエクスプレス3411便から強制排除されたのです。
この便に緊急に乗る必要があった航空会社の職員の座席を確保するために、4人の乗客が降機しなければならず、利益最大化を目的とするコンピューター・アルゴリズムは、ダオの「もっとも低い」顧客ステータス──マイレージプログラムのステージと運賃クラスに基づいて評価され、ステータス──ゆえに、彼を押し出される乗客の1人と認定しました。
コンピューターが認識しそこなった重要な事実は、ダオが翌日患者を診察する必要がある医師だということでした。
感情面を無視して、コンピューターのバイアスに不用意に従うことは、往々にして間違った決定に繫がり、この状況に対するスタッフの乱暴な対応は、顧客体験におけるヒューマンタッチをも台無しにしました。
人間とマシンの協働思考
人間とマシンは、収斂的思考と拡散的思考で協働することもでき、コンピューターは収斂的思考の能力を持ち、文字や数字だけでなく画像やオーディオビジュアルも含む、多様な非構造化データセットの中の
パターンやクラスターを識別できるのです。
それに対し、人間は拡散的思考に長けており、新しいアイデアを生み出し、多くの潜在的解決策を探求したりすることができるのです。
これらの互いに補い合う機能は、たとえば広告の有効性を高める上で途方もなく大きな可能性を秘めているのです。
コンピューターは何百万件もの広告を読み込んで、創造性の基本的特徴(カラースキーム、コピー、レイアウトなど)と結果(認知レベル、感情訴求力、購買率など)との相関関係を見つけ出し、この機能は、掲載前のクリエイティブテストや広告の実績評価のために使うことができるのです。
たとえばチェースは、コピー作成のためにペルサド社のAIを使っていますが、クリエイティブテストでは、このAIが人間のコピーライターたちをしのいでもっとも高いクリック率を獲得しました。
AIによるワードチョイスは、感情訴求力でランク付けされている大規模な単語データベースから作られたものでした。
これはブランド・マネジャーや広告会社にとっての脅威と判断されるべきではなく、エージェンシー・ブリーフ〈広告制作の指針となる事柄を短くまとめたもの〉を書いたり、広告コピーをゼロから生み出したりすること──共感を呼ぶブランド・ポジショニングを作成し、それを適切なメッセージに変換すること──において、人間に取って代われるマシンは存在していないのです。
コンピューターは心に響く斬新なキャンペーンを設計する作業にも最適ではなく、よりよい言葉や色やレイアウトを選ぶことによって、広告を最適化する手助けをしてくれるのです。
顧客インターフェースにおける人間とマシン
人間とマシンは顧客インターフェースでも協力することができるのです。
通常、チャネルの選定は顧客の階層によって決まり、人間とのインタラクションは対応コストが高いため、一般に有望な見込み客と重要な顧客に適用され、一方、マシンは見込み客を絞り込むためや、高コストの対応をする必要がない顧客と接するために使われます。
このように対応のセグメント分けをすることで、企業はコストをコントロールしながら、同時にリスクを管理するのです。
実際、インタラクションのためにAIを利用するのはリスクが高く、マイクロソフトの今では廃止されているチャットボット、テイ(Tay)は、これをよく示しています。
テイは挑発的なユーザーの攻撃的なツイートから学習して、ツイッターで同様に攻撃的なメッセージを投稿するようになり、そして、お披露目からわずか16時間後に引退させられました。
グーグルも似通った問題を経験しており、同社の画像認識アルゴリズムが、ユーザーの黒人の友人たちにゴリラというラベルを付けたのです。
同社はラベルから「ゴリラ」という言葉を完全に除去することでアルゴリズムを修正しました。
AIの無神経さは、対処すべき最大の脅威の1つであり、コンピューターは予測可能な質問やプログラミングできる作業にしか適さず、セルフサービスの売店やチャットボットなどのソリューションは、基本的な取引や質問だけに対処するのです。
だが、人間はもっと幅広い話題により柔軟に対処でき、したがって、相談相手としての役割を果たすことに適しています。
優れた文脈理解のおかげで、人間は予測できない状況や異常な顧客シナリオに標準対応手順を超えて適応することができ、たとえばソフトウェア会社のハブスポットは、自社のセールスファネルの最上層から中間層に位置する見込み客を引き付け、育成するために、チャットボットを使っています。
しかし、有望な見込み客に対する相談販売には販売部隊を、オンボーディング〈自社のサービスの新たなユーザーになった顧客に対し、そのサービスから得られる満足度を高め、継続的な利用を促すための活動〉のためにはハイタッチのチームを任命しています。
販売後には、再びチャットボットを使って単純な質問に答えさせています。
何にもまして人間は温かくフレンドリー
共感を必要とするいかなる業務についても、人間対人間の繫がりは最善のソリューションを提供し、すでにハイテクの顧客管理ソリューションを導入している企業の中にも、サービスの提供については依然として人間のソーシャル・スキルに頼っているところがあります。
たとえばマリオットは、Mライブというソーシャル・リスニング・センターを設けており、ソーシャル・リスニング(自社のブランドや製品・サービスの改善に役立てるために、ソーシャル・メディア上の顧客の声を収集、分析すること)によって、マリオット・ホテルのいずれかで逃したチャンス──
たとえばハネムーン中のカップル──があったと確認されたら、指令センターが当該ホテルに連絡して、そのカップルをサプライズでお祝いできるようにしています。
自動化が何を提供でき、ヒューマンタッチが何を提供できるかを理解することは、優れたオムニ・チャネル顧客体験をデザインするための重要な第一歩です【図7―3】。

そして、それは通常どちらか一方を選ぶということではなく、企業は「マシンが人間に取って代わる」という考え方を捨てる必要があり、そうしなければ、業務を最適化するという機会を失いかねないのです。
実際のところ、人間とコンピューターは共存して、ほとんどのタッチポイントで互いの強みを生かすべきであり、そこで、次のステップでは、協働の力をフル活用するためにカスタマー・ジャーニーの見直しと再設計が必要になります(第11章参照)。
新しいCXのためにネクスト・テクノロジーを活用する──チェックリスト
スムーズな協働を実現するために、次世代のマーケターはテクノロジー、とりわけマーケティング活動を強化するテクノロジーについて実践的な知識を持たなければならないのです。
マーケターがよく使うテクノロジーは、一括してマーケティング・テクノロジー(マーテック)と呼ばれており、マーテックのもっとも一般的な使用例は、カスタマー・ジャーニーの全行程で7つあります。
広告
広告は、対象とするマス・オーディエンスに、さまざまな有料メディアを通じてブランドメッセージを伝える手法で、注意力が乏しい世界では、広告は煩わずらわしいとみなされる恐れがあり、したがって、広告におけるテクノロジーのもっとも一般的な使用例は、オーディエンス・ターゲティング〈ユーザーの属性情報や行動履歴情報などに基づいて、絞り込んだターゲットに広告を配信する手法〉です。
企業は適切なセグメントを見つけることによって広告の有効性を最適化でき、それはやがて、顧客からみたその広告の重要性を高め、テクノロジーはマーケターがオーディエンス・セグメント、すなわちペルソナの正確な描写を生み出す手助けもし、よりよい広告制作に繫がるのです。
誰にでも有効な万能の広告などない中で、AIはコピーとビジュアルの組み合わせを変えたさまざまな広告表現を素早く生み出すことができ、ダイナミック・クリエイティブとしても知られるこの手法は、パーソナル化のために欠かせないのです。
パーソナル化は広告メッセージだけの話ではなく、どのメディアに広告を出すかにも適用され、コンテクスト広告とは、適切な時に適切なメディアに自動的に広告が現れるようにする手法です。
たとえば、次に買う車についてレビューサイトで調べているユーザーの画面に、自動車の広告が現れ、広告メッセージがユーザーの現在の関心分野と繫がっているので、こうした広告は通常、反応率が高いのです(第10章参照)。
最後に、広告におけるテクノロジーのもう1つの重要な応用は、プログラマティック・メディア・バイイングで、プログラマティック・プラットフォームを使うことで、広告主は有料広告枠の買い付けと管理を自動的に行うことができ、プログラマティック広告は自動入札による一括買い付けなので、広告媒体支出を最適化するのに役立ちます。
AIは自動化の頭脳にすぎない。
次世代の顧客体験を提供するためには、ロボティクス、顔認識、音声技術、センサーなど、他の技術と連携させる必要があり、かつてはコンピューティングの研究機関で扱われるものだったのですが、AIは今では顧客の日常生活に深く広く入り込んでいます。
AIは価値を生み出しますが、慎重に運用されなければならず、人間の選好や過去の決定から生じるバイアスがAIアルゴリズムに忍び込むかもしれないし、包摂的な開発がなければ、AIは所得格差の拡大をもたらすかもしれないのです。
コンテンツ・マーケティング
コンテンツ・マーケティングは近年バズワードになっており、デジタル経済における広告の巧妙な代替として売り込まれているのは、コンテンツは広告ほど押し付けがましくないとみなされるためです。
強引な売り込みをせずに関心を引き付けるために、コンテンツ・マーケティングは娯楽と教育と刺激を混ぜ合わせたコンテンツを使い、コンテンツ・マーケティングの基本原則は、マーケターがオーディエンスにとって興味深く、重要性があり、しかも有益なコンテンツをデザインできるように、オーディエンス・グループを明確に定義することです。
したがって、コンテンツ・マーケティングでは、オーディエンス・ターゲティングがより一層重要になり、オーディエンスのニーズや関心を追跡し、分析するためには、分析ツールが助けになるのです。
分析ツールを使うことで、コンテンツ・マーケターはオーディエンスが消費する可能性がもっとも高い記事、ビデオ、インフォグラフィックス、その他のコンテンツを作成し、共有することができます。
AIはこの骨の折れる作業の自動化を可能にしてくれ、予測分析ツールを使うことで、コンテンツ・マーケターは個々のカスタマー・ジャーニーを自分のウェブサイトで予測するのです。
これができれば、既定の流れに基づいて静的コンテンツを見せるのではなく、動的コンテンツを提供することができ、ウェブサイトの訪問者は、自分の過去の行動や選好によって、それぞれ異なるコンテンツを見ることになり、その結果、顧客は購入へと進むことになるのです。
その結果、訪問者から見込み客への、さらには購入者へのコンバージョン率を大幅に高め、最適なパフォーマンスに繫げるのです。
アマゾンやネットフリックスは、ユーザーを望ましい行動により一層近づけるためにパーソナル化されたページを提供しています。
ダイレクト・マーケティング
ダイレクト・マーケティングとは、製品・サービスを販売するための、よりターゲットを絞った戦術で、マスメディア広告とは異なり、通常、郵便やEメールなどの伝達手段を使い、販売オファリングを個々人に送ります。
ほとんどの場合、潜在顧客は販促オファーや最新情報を得ることを期待してダイレクト・マーケティングに同意するのです。〈パーミッション(同意)マーケティングと呼ばれることもある〉
ダイレクト・マーケティングのメッセージは、迷惑メールと受け取られないよう、親しみを感じさせるものでなくてはならず、メッセージコピーはAIの助けを借り、特定の人物に合わせて作成する必要があります。
しかし、ダイレクト・マーケティングのもっとも重要な使用例は、eコマースでは当たり前になっている製品推奨システムで、マーケターは推奨エンジンを使うことで、顧客はどの製品を買う可能性がもっとも高いかを過去の履歴に基づいて予測し、それに応じてオファーを作り出すことができます。
オファーのパーソナル化が不可欠で、しかも量が膨大になる可能性があるため、ダイレクト・マーケティングでは自動ワークフローの利用が欠かせないのです。
また、オファーには必ず具体的な行動の呼びかけが含まれているので、キャンペーンの成功はコンバージョン率を分析することによって予測も測定もでき、テクノロジーの利用は、予測とキャンペーンの分析のためにも有益となります。
反応を絶えず追跡することで、アルゴリズムは時間とともに改善されていくのです。
セールスCRM(顧客リレーションシップ管理)
販売部門において、自動化技術は大幅なコスト削減を実現できるだけでなく、大規模化に乗り出すことも可能になり、見込み客の管理業務の一部、とりわけファネルの最上層の管理はチャットボットに委譲できるのです。
チャットボットの場合、見込み客の攻略は、会話形式の堅苦しくないものに出来るので、見込み客の絞り込みはプログラム可能であり、この点からも、チャットボットがこの業務を引き継ぐのは理想的です。
高度なチャットボットの中には、見込み客の質問に答え、文脈的に関連のある情報を如才なく提供することにより、見込み客の育成業務──すなわちセールスファネルの中間部分──を自動化できるものもあります。
マーケティング・テクノロジーは、取引管理の分野でも導入が進んでいます。
業界や業種を問わず、販売員は非販売活動や管理業務にかなりの時間を費すので、セールスCRMを利用すれば、接触履歴や販売機会を含む取引情報を自動的に整理することができ、販売員は実際の販売活動に集中できるのです。
見込み客管理の過程で集められた大量のデータは、人間の販売員に商談を前進させるための適切な情報を提供するのです。
多くの企業にとって、予測にも問題があり、ほとんどの販売員が個々の見込み客を直観に頼って評価しているからです。
問題は、それぞれの販売員の直観が質的に異なっており、そのため全体的な予測が欠陥のあるものになることです。
予測分析ツールは販売員がより正確な予測をすることを可能にし、彼らが販売機会の優先順位を適切に付けられるようにします。
流通チャネル
ネクスト・テクノロジーは、流通チャネルを強化するためにもさまざまな形で使われ、もっとも一般的なのは、とりわけCOVID-19パンデミックの発生後、小売企業の現場における非接触のインタラクションのために使われている例です。
コスト削減を別にしても、銀行取引、食品の注文取り、空港のチェックインなどの単純なインタラクションには、セルフサービス・インターフェースや接客ロボットのほうが好ましいのです。
パンデミックの発生は、ドローンによる配達も軌道に乗せる可能性もあり、中国のJDドットコムは、ロックダウン中に遠隔地への製品配送をドローンで行った世界初の企業になりました。
先進技術は摩擦のない顧客体験を確実に実現することができ、小売企業はセンサーも、他業種の企業に先駆けて試し始めています。
実店舗のプレゼンスを拡大し続けているアマゾンは、ホールフーズの一部店舗に生体認証決済システムを試験的に導入し、中国では、小売店での支払いを、アリペイかウィーチャットペイにリンクされた顔認証機器を備えたレジの前でポーズをとることで済ませることができるのです。
モノのインターネット(IoT)の使用も次第に普及し、センサーを備えたスマートストアでは、来店客の動きを分析でき、したがって実際のカスタマー・ジャーニーを簡単にマッピングできます。
それによって、小売企業はよりよい顧客体験のために店舗のレイアウトを調整でき、IoTの使用によって、小売企業は個々の顧客が特定の時間にどこにいるかを正確に把握することもでき、あらゆる通路や陳列棚でロケーションベースのマーケティングを行うことができます。
また、流通チャネル企業がネクスト・テクノロジーを組み合わせて使うことで、顧客は購入前にバーチャル体験をすることができ、拡張現実(AR)と音声検索は、サムズクラブで製品特性の紹介や店内案内のために使われてきました。
仮想現実(VR)は、顧客が店舗に行かなくても店内を見て回ることを可能にし、プラダはパンデミックの間に、高級ブランドとしては初めてVRによる店舗体験を導入しました。
製品・サービス
マーケティング・テクノロジーは顧客とのインタラクションの強化だけでなく、中核的な製品・サービスの強化にも役立ち、オンライン・ショッピングやパーソナル化に向かうトレンドは、マス・カスタム化と共創というコンセプトをもたらすのです。
誰もが自分のためにカスタムメイドされた製品、つまり自分のイニシャルが付いており、自分で選んだ色の、自分の身体に合うサイズの製品を欲しがり、ジレットからリーバイスやメルセデス・ベンツまで、企業はカスタム化のオプションを提示することで製品ラインナップを拡大しています。
膨大なカスタム化の可能性に合わせて、ダイナミック・プライシングも導入され、サービス事業では、カスタム価格設定の役割はさらに明白です。
保険会社は個々の顧客のニーズに合う補償を選択できるオプションを提供しており、選択結果は価格、すなわち保険料に反映されるのです。
航空会社は現在の需要レベルや路線の競争状況といった一般的な情報だけでなく、個々の旅行者の顧客生涯価値など、いくつもの変数に基づいて価格を決定しています。
テクノロジーは、企業向けソフトウェアや自動車など、かつては高額だった製品について、「エブリシング・アズ・ア・サービス」というビジネスモデルを採用することも可能にし、予測分析ツールは製品開発にも利用できるのです。
企業は現在の開発計画のリスクを評価し、市場受容性を推定することができ、たとえばペプシコは、ブラックスワン社の分析ツールを利用して、飲料に関する会話のトレンドを分析し、開発中のどの製品が成功の可能性がもっとも高いかを予測しているのです。(第9章参照)
サービスCRM(顧客リレーションシップ管理)
チャットボットはセールスファネルの管理のためだけでなく、顧客サービス部門への質問に対応するためにも広く使われ、チャットボットを使うことで、24時間年中無休で顧客サービス部門へのアクセスを可能とし、一般的な回答を即座に提示することができるので、これはデジタル世界では極めて重要です。
チャットボットの利用は、ウェブサイト、ソーシャル・メディア、モバイル・アプリなど、複数のチャネルの一貫性と統一性を高めるためにも役立ち、しかし、もっとも重要な点は、顧客サービス担当者の単純な業務処理の負荷を軽減することです。
より複雑な質問については、チャットボットは顧客サービス担当者にシームレスに引き渡すことができ、CRMデータベースとの統合は、顧客サービス担当者の成績を大幅に向上させることができます。
担当者は過去のインタラクションや他の関連情報を簡単に参照できるので、それを踏まえた上で顧客の問題にとって最善の解決策を判断できるからです。
もう1つの重要な使用例は、顧客離脱の予測に関係しています。
企業はソーシャル・リスニングを使って、顧客の感情をオンラインで追跡、評価してきましたが、ソーシャル・リスニング・プラットフォームに組み込まれている予測分析エンジンを用いれば、顧客離脱の可能性を予測し、防ぐこともできます。
以上の様に、企業がマーケティング・テクノロジーを最大限に活用しなければならず、企業のリーダーにとって最大の問いは、どの技術の実施をどのようにして決定すればよいかです。
必ずしもすべてのテクノロジーが企業戦略に合致するわけではないからです。
次の課題は、さまざまな使用例をシームレスで摩擦のない顧客体験に統合することです【図7―4】。
1つ確かなことは、テクノロジーの利用によって、マーケターはマーケティングの科学の部分をマシンに任せて、アートに集中できるということです。
まとめ
マシンはクールだが人間は温かい
顧客体験は競争の激しい市場を制する新しい方法であり、かつては周辺部にあったインタラクティブな体験や没入型の体験が、今では中核的な製品・サービスより重要になっています。
認知から推奨までのすべてのタッチポイントで感動的な優れたCXを生み出すためには、先進技術を活用することが不可欠です。
マーケティングにおけるネクスト・テクノロジーの使用例は、広告、コンテンツ・マーケティング、ダイレクト・マーケティング、セールスCRM、流通チャネル、製品・サービス、サービスCRMという7つのタッチポイントに及び、テクノロジーは第1に、データを分析して特定のターゲット市場に関する知見を見つけ出すのに役立つのです。
広告枠の購入や価格設定も、マーケティング・テクノロジーの有効性が実証されている分野であり、AIの予測能力は、販売予測、製品推奨、顧客離脱の予測に力を発揮します。
AIによってマーケターは、製品・サービスを大規模かつ迅速にパーソナライズすることもできますが、ヒューマンタッチの役割は決して見過ごされてはならないのです。
ヒューマンタッチはテクノロジーが提供するスピードと効率に対して、知恵と柔軟性と共感をもたらしてくれるからです。
自動化による知見への未曾有のアクセスと時間節約のおかげで、マーケターは自らの創造性を高めることができる様になりました。
プログラム可能なワークフローについてはマシンのほうが信頼できるが、直観と常識を備えた人間はマシンよりはるかに柔軟であり、もっとも重要な点は、心からの繫がりを築くことに関して、マシンは絶対に人間に取って代わることができないということです。
考えるべき問い▼
□自社のカスタマー・ジャーニーマップを作成しよう。自分の経験に基づくと、もっとも重要なタッチポイントは何か?
□マーケティング・テクノロジーは、もっとも重要なタッチポイントにどのような改善をもたらすことができるか?自分はそれをどのように実行するつもりか?
さいごに
今週は、先々週の内容よりも身近になり、今週の内容のうち、多くのテクノロジーは、既に、スーパー等でも実証済になっているものが、たくさん出ています。
それだけ、テクノロジーの進化は激しく、この書籍に掲載されている内容は、決して、大手、先進企業の例ではなく、中小、零細企業であっても取り組まなければいけないのです。
今週のガイアの夜明けで、コメの価格高騰について触れており、多くの日本の農家に取って、現在の末端価格である5kg3500円から4000円でもあまり儲からないらしいのです。
ところが、ITを駆使したある農家は、5kg2000円でも十分に利益が出るコメの農業を実践しており、米作りのイノベーションを起こしていました。
これからは、この様に規模の大小は関係なく、テクノロジーの活用が、企業の生死を分けることが当たり前になってきます。
私は、現在、書籍を書いていますが、書籍を書く上でも、AIの進化は驚くばかりです。
次週のマーケティング5.0のテーマは、データ・ドリブン・マーケテイングです。