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最新と伝統技術の融合
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麺の3業態を行う。 ”達人の美味”を提供する会社です。
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私達の会社は今から25年前の1975年10月24日に産声をあげた。 私はその当時27歳で、父親の血を引いてか技術の分野が好きで、学校は高松工業高等専門学校機械工学科を卒業し、川崎重工航空機事業部機体設計課へ最初配属され、航空機時代は主にジェット戦闘機ファントムのライセンス導入を担当した。(以上の様に書くと多少秀才のように聞こえなくもないが、本当のことを言えば、学生時代は大変成績が悪く欠点と追試の連続であった。学生時代は運動に熱中していたのだ。) その後、造船事業部へ配置転換になり、主に大型タンカーのエンジンルームの設計に従事し、 6年間勤めた川崎重工を退社し、現在の仕事の原型になる機械設計業『総合設計サービス』を始めたのが、25年前だった。 その頃は自分の人生においての使命とか、経営理念には無縁の状態で仕事に没頭し、明け暮れる毎日だった。自動省力機械の製造販売を経て、製麺機の製造販売に集中するようになったのは約20年前であった。 よくお客様方から質問される。『何故、飛行機からうどんの機械なんだ。』と言われる。元々技術分野が好きで始まった機械設計と機械製造であったが、丁度地元がさぬきうどんの本場であった為に、製麺機に関する仕事が多くなり、自然に製麺機分野に集中するようになった訳だ。 製麺機の製造販売を開始して感じたことは、うどん屋は職人の世界だと言うことだ。手打が出来るプロの職人は沢山いたが、どうすれば美味しいうどんが出来るかと言う事について、原理原則から極めている人が殆どいなかった。 このような内容について書かれている文献も殆ど見かけなかった。うどん作りの殆どの作業が勘の世界で、昔からの言い伝え等が忠実に守られていた。 元々当地はさぬきうどん発祥の地で、手打の技術が行き渡っていたが、手打は大変な重労働であり、手打うどん店が繁盛すれば繁盛するほど、店のご主人が体を壊すことが多かった。或いは麺生地を鍛える場合は足踏みを行うが、この作業が衛生的に良くないので、当局の指導により、機械化が進められた。 よってさぬきうどんの本場香川県では手打の技術を如何に機械的に置き換え、美味しいうどんを早く簡単に作れることが製麺機械にとって重要な要件であると信じられ、そのような機械が沢山開発された。 当社はこのようなさぬきうどんの製麺機市場に最後発で参入した。参入した時には、既に周りは先輩ばかりで親切な先輩方から多くの教えを戴いた。 当社が今日あるのはこのような先輩達と支持していただいた全国のお客様のお陰であると心から感謝している。 最初、店舗用小型製麺機『真打』を開発して九州地区で販売を開始し、徐々に東上し、関西市場、関東市場へと販路を拡大し、関東営業所を開設した。> 関東市場へ出て行って始めて、そばを理解した。それまでは本格的なそばには無縁で、田舎そば程度しか作っていなかったが、関東市場では手打そばが出来なければ製麺機械として通用しないことが良く判った。そこで、その頃熱心に活動をしていた蕎麦技術普及会の鈴木先生を始め、様々な蕎麦の達人に教えを請い、現在の『坂東太郎シリーズ』が完成した。
同じ頃、九州地区ではうどんだけでなく、ラーメン用の製麺機が必要なことが判り、ラーメン専用製麺機『リッチメン』を開発した。 これで食堂用の小型製麺機はうどん用、蕎麦用、ラーメン用と3種類が揃った。そうするうちに製麺工場より大型の自動手打式製麺機の開発依頼が舞い込み、手打の技を自動で圧延、切断する製麺機を開発した。
大型製麺機の場合は食堂用小型製麺機と違い、販路も限られており、販売するにしても先に納品した客先へ行って実機を見せての商談になった。ところが、納品先へ見に行けない場合も多く出てきたので、自社の実験麺工場を作り、そこで機械の展示、試験を兼ねての麺の製造販売を実施するようになった。 ところが、自信を持って始めた麺工場であったが、最初は販路が無かったので全く出来た麺が売れなかった。 当社は元々製麺機メーカーであるので、当社が作った麺の品質が悪ければ機械が売れないので、麺の美味しさはどこにも負けないようにしようと誓った。 同時に、自分達がいつも安心して食べることが出来る様に一切の添加剤を加えずに夏場で常温2ヶ月の日保ちが出来るような半生うどんを作り上げた。 この時の様々な実験と経験が今日の当社の麺作りのノウハウにどれほど役立っているか知れない。第一熟成、第二熟成、軟水の重要さ、うどんに最適な小麦粉の見分け方、打ち粉の事等、上げればきりが無いほど沢山の麺作りのノウハウが得られた。この時の経験から、機械を作るだけでは駄目だ。麺の本質を理解するには麺を作らなければいけないということが良く判った。 この麺の実験工場が現在の関連会社『讃匠』である。現在では主に通信販売で全国のお客様にさぬきうどんと生ラーメンをお届けしている。一部、うどん蕎麦店のお土産麺として、うどん蕎麦店の売上アップに貢献している。
4〜5年前よりスーパーの店頭に自然塩がよく見うけられるようになった。 うどんには塩がつきものであるので、塩の違いで麺の品質がどの様に違ってくるかの試験をする為に、市販されている天然塩をすべて買い求めた。 全部で40点くらいあった。それらの塩を使ってうどんを作ってみた。 JTの塩と何ら変化が見られなかった。そこで我々は塩では麺の品質は変らないと結論付けてしまった。 ところがある時、鳴門の海水を汲んで来てうどんを作ってみた。すると粘り強くて、柔らかい今までのどんな塩でも出来なかった理想的なうどんが出来たのには大変驚いた。これは一体何なんだ。今までの天然塩と海水はどう違うんだ。という疑問が湧き、海水と天然塩の成分を分析した。すると海水の成分と市販されている天然塩の成分が全く異なることが判った。海水中の4大ミネラルのうち、ナトリウム以外のマグネシウム、カリウム、カルシウムが海水と比べると含有量が一桁から二桁すくないのだ。これでは違って当たり前だ。 私はそこで、スーパーから生きたあさりを買って来て、海水、JTの塩水、天然塩での塩水、当社の塩での塩水中でそれぞれ何日間生存するかの実験をした。その結果、海水中では7日間、JT始め天然塩では短くて2日間、長くて4日間であった。当社の塩では海水と同じ7日間生きた。この結果、海水と同じ様にミネラルを沢山含んだミネラルバランスの良い塩がうどんの品質も良くし、生物にも良いことが判った。 当社はこの塩を『46億年』と命名し、全国のそば、うどん店に販売することを決めた。
当社は既に『讃匠』で通信販売のノウハウを持っていたので、塩のように単価の張らない商品は通信販売に向いているので、通信販売で行うことを決めた。通信販売を始めるに当たって、全国のそば、うどん店の電話番号を取り寄せ、店名、住所、電話番号をコンピュータに打ち込んでいった。 その結果、驚くべき事実が判明した。それまではそば、うどん店の数は全国で3万6千軒と言われて来た。ところが、我々が電話帳から全国のそば、うどん店を拾っていった結果、3万軒強しか無かった。更に調べて見ると、その頃毎年2千軒減少しているのが判った。これには驚いた、と同時に大変な危機感を感じた。このままでは我々の製麺機を買っていただけるお客様の数が無くなってしまう。何とかしなければいけないと思って経営セミナーを始めた。 約3年前のことだった。当初は手探りであったが、お客様のお困りの問題を解決しようと考えた。最も大きな問題は売上不振であった。そこで、セミナーに来られるときに必ずメニューと経営数字をお持ちいただき、メニュー分析と簡単な経営分析を行った。その結果、面白い傾向が判った。その一部が『業績の良い店、悪い店』の特徴だ。これを当社の機関誌『麺ずくらぶ』で発表したら、多くのお客様から激しい反応があった。「何故、日替り定食を出せば業績が悪いのか?」と。しかし、日替り定食を出している店は確かに業績が悪いのだ。それについてはその都度説明をした。 私は時々セミナー参加者を尋ねることがある。セミナー参加者は一同に「来て良かった。大変参考になった。帰ったら早速実行します。」と言って帰る。そこで、どの様に実行されているか、確認に行くのだ。ところが、殆どの場合失望する。全く実行していないのだ。何故なんだ。と、いつも考えた。 日本全国のお客様に残らず、セミナー案内をした。しかし、来られたのはほんの数%だ。だから、この数%の人達は熱心な人達だと思う。それでも実行していないという現実に、我々の無力さを味わった。実行しない理由を考えた。 その結果、我々は自分で店舗を経営している訳でもなく、単なる製麺機メーカーに過ぎないので、幾ら正しいことを言っているつもりであってもお客様にとってはインパクトが無いのではないかという結論に至った。
そこで、昨年6月にとうとうラーメン店を開店した。既に一年前からまんじゅうの製造販売を行っていたので、その横で始めた。当社のラーメン店の特徴は先ず立地にある。全く目立たない場所にある。目立たないだけではない。 探してもなかなか見つからないという立地だ。(来られた方々は良く判る。)セミナーでお客様から出てくる言葉のうち、「うちは立地が悪いから繁盛していない。」と、よく言われる。我々は立地より商品力がよほど大切だと信じている。それを証明する為にわざと悪い立地を選んだ。この立地でこんなに繁盛するんだというところを見せれば、インパクトが大きいだろうと。 次にメニュー数だ。大半の店はメニューが多すぎる。「メニューを減らして下さい」と言えば、「メニューを減らせば売上が落ちるから出来ない」と言う。 そこで私達の店は非常にメニューを絞り込んでいる。餃子もやっていない。 以上の様にお客様にとって非常にインパクトのある営業をやっている。オープン以来、スープで大変苦労して(今も苦労しているが)スープを何度も手直しして、スープが変るたびにお客様が入れ替わった。そして一旦減少した客数を、広告費をかけないで、一挙に増やす方法を見つけ出した。その方法を皆様に『売上アップ勉強会』で披露している。 以上の様に様々な方法で私達は麺専門店様の売上アップに取組んでいる。 テレビチャンピオンのラーメン店部門で3年連続優勝した博多一風堂の河原社長に四国へ来ていただいて「繁盛店の作り方」で講演していただいた。講演内容も素晴らしかったが、印象に残ったことは、ラーメン店は今ブームであるが、それには沢山の火付け役がいた。要するに成功するかどうか判らないような新横浜ラーメン博物館を作って、成功するかどうか判らないのに出店した人達がいた。更に、全国で多くのラーメン屋が一生懸命大変な努力をしている。 そのような多くの人達の努力に支えられて今日のラーメン業界の活性化が出来あがった。おおよそ以上のような内容であったと思う。 私はこの話を聞いて感じた。そば、うどん店業界はラーメン店業界に比べると沈滞している。それはこの業界人である我々全員の努力不足ではないかと。 そば、うどん店業界を活性化させるのは業界人である我々全員の使命である筈だ。
特に、そば、うどん店業界の方々に沢山の製麺機を利用して戴いている当社の使命ではなかろうかと。 以上のような考えで、当社は今後ますますこの業界の活性化の為に考えられることは徹底的に取組んでいきたいと考えている。 業界内から少しでも多くの賛同者が出ていただき、少しでも業界の活性化に役立てればと思っております。
感謝
平成12年6月4日
株式会社 大和製作所
代表取締役 藤井 薫
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