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うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「イノベーションの完成、賢明さのリスク」

先週のうどん学校の作品事例で、私の作品と生徒さんの作品事例です。

本日のテーマは「感情移入」です。

先週末に帰国し、5日間本社でいたら、明日から2日間の出張で、岐阜県と三重県訪問で、岐阜県はラーメン学校に10年間で3回参加した生徒さんの店、三重県は「うどん日本」用小麦粉を栽培してくれている農家の方がたの収穫の確認に行くのです。

「うどん日本」は主に三重県産の小麦粉を使っているのですが、今まで一度も収穫の様子を見に行ったことがなかったので、今回初めて収穫の確認に行き、農家の方がたとお会いする予定です。

過去は幌加内蕎麦の産地の幌加内に、蕎麦の花が咲き誇っているのを見に行ったことがあり、今年はこの後、伊吹島へ煮干しを漁船から引き揚げ、浜で炊き上げている様子を見に行く予定です。

このように、麺の材料がどのように生産されているかどうか、今後、さまざまな産地に行き、確認し、さらにより良い材料を求め続け、皆さまにより良い、新しい情報を提供していきます。

当社は麺学校の経営講義で、麺ビジネスの難しさ、たいへんさ、簡単に儲からないことを新規開業者の方がたに訴え続けているのですが、私が普段言っていることをもっと強力に補強してくれる文章があったので、紹介します。

大前研一著「0から1の発想術」の中に下記のように、感情移入の大切さを訴えている文章がありました。

大前研一氏は、かってアメリカのスポーツメーカー「ナイキ」の社外取締役を務めていたとき、フィル・ナイト会長の「感情移入」を目のあたりにしたのです。

ナイキは最初、日本のメーカー「オニツカ・タイガー」(現在のアシックスの前身の1社)からスポーツシューズを輸入販売する会社だったのですが、その後、販売権を失ってしまい、独自のブランド、独自のデザイン、独自の供給源を持たざるを得なくなり、その結果、ナイキが誕生し、世界を席巻していったのです。

ナイキが世界的企業に成長した1つの要因は、人気スポーツ選手のスポンサーになったことで、その1人が「バスケット・ボールの神様」と言われたマイケル・ジョーダンだったのです。

ナイキは最初、バスケットボールに参入出来ていなかったのですが、ナイト氏は高校時代から追いかけ、ノースカロライナ大学での活躍、ロス・オリンピックでの金メダル獲得というジョーダンの未来に確信を抱き、「年間50万ドルの5年契約」という当時としては破格のオファーを提示し、アデイダスと契約すると見られていたジョーダンを翻意させたのです。

バスケットボールで大成功したナイト氏ですが、ゴルファーのタイガー・ウッズのスポンサー契約の話を持って来たときは、ナイキの取締役は紛糾したのです。

当時、ウッズはアマチュアの大学生で、18歳の時に「全米アマチュア選手権」で史上最年少優勝を果たし、19歳、20歳と3連覇を達成したものの、スタンフォード大学の学生に過ぎなかったのですが、ナイト氏は「7年契約をしたい」と提案し、その額は当時のナイキの収益の4分の1を占める額で、アマチュアの大学生に出せる額ではなかったのです。

当然、取締役会は大反対し、契約を1年に留め、成績を見てから2年目以降に延長するよう、リスクを押さえるように説得したのですが、ナイト氏は「7年でなきゃダメだ」と突っぱね、「ウッズは必ずブレイクする。ブレイクしてから契約したのでは、とても手が出せない金額になる。だから、この時点で誰からも手を出されないように7年契約にする」と主張したのです。

取締役会は全員反対したにもかかわらず、取締役会に向かって「私は、タイガー・ウッズが13歳の時から見ている。私は彼に興奮したのだ。この興奮は、高校時代のマイケル・ジョーダンを見たときと同じだ。私はジョーダンの時に感じたのと同じ興奮を、ウッズにも感じるんだ」と言い、取締役会もナイト氏がジョーダンの時に感じたのと同じような興奮(感情移入)を感じるのであればナイト氏にかけようと、取締役会は動かされたのです。

ナイキとの契約とほぼ同時に大学を中退し、プロゴルファーに転向したウッズは、直ぐに優勝を重ね、1997年にはメジャー大会「マスターズ・トーナメント」に出場し、2位以下を圧倒的なストローク差で、突き放し、最年少優勝(21歳3ヶ月)を飾ったのです。

そのナイキ氏の言葉に次のようなものがあるのです。

「よく「レストランを開きたい」という人がいるが、レストランの厨房で1日23時間働く覚悟がなければ、また、稼ぎがまったくなくても、「この仕事が本当に好きだから」と言えるようでなければ、止めた方が良い。」

そして、ナイト氏は経営者として評価されているから、さまざまな業界、企業からマネッジメントを依頼されるのですが、「23時間働ける覚悟」を持てる仕事でなければ、いくら大金を積まれても断ってしまうのです。

要するに、「感情移入」出来るような、情熱を持てるような仕事以外はやってはいけないのです。

ビジョナリー・カンパニー②のハリネズミの法則で詳しく説明されているように、情熱はものごとをビジネスの成功には欠かせないのです。

本日も当社の価値感を掲げ続けます。

1. 顧客に深くフオーカスし、絶えざる奮闘精神で、価値ある奮闘を長期にわたって続ける(顧客との深いコミュニケーション)
2. 自己批判(内省、フィードバック、自己とのコミュニケーション)
3. オープンな姿勢と進取の精神(アライアンス、イノベーション)
4. 効率の追求(利益、コスト)

丁度1年前の昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

◆イノベーションの完成

これらの例が示すように、創造的模倣は、一般に理解されているような先駆者の失敗を利用するものではなく、それどころか、先駆者は成功していなければならないのであり、アップルは成功していて、先駆者が成功或いは、大成功していて、それを超えなければいけないので、先駆者よりもはるかに大きな努力を要し、先駆者のことを研究するだけでなく、そのビジネスの本質を理解し、そのビジネスにおいて、一番大切なことを見つけ出し、実行しなければいけないのです。

タイレノールによって業界トップの地位を追われたアセトアミノフェンの最初の薬も成功していたのですが、最初にイノベーションを行った者は、自らの成功の意味を理解できていなかったので、先駆者が幾ら成功していても、その意味を理解していないような先駆者のビジネスを見つけ出すのも、成功の秘訣であり、そのビジネスの本質を誰よりも先に理解することが、最終的な勝因になり、アップルは製品中心で、ユーザー中心でなかったので、ユーザーがプログラムやソフトウェアを必要としているときに、新しいハードウェアを供給し、アセトアミノフェンを最初に売り出した者も、自らの成功が意味するものを理解しなかったので、創造的模倣を行う者は、他人の成功を利用し、創造的模倣とは、一般に理解されているような意味でのイノベーションではなく、創造的模倣を行う者は、製品やサービスを発明せず、製品やサービスを完成させ、その位置づけを行うのです。

通常、新しい製品やサービスは、市場に導入されたときのままの形では、何かが欠けていて、いくつかの特性を追加する必要があるかもしれないし、少しずつ異なる市場向けに少しずつ異なるものが必要で、製品やサービスを細分化することが求められているかもしれないので、市場で正しい位置づけを行うことが求められているかもしれず、あるいは、何か欠けているものがあるかもしれないので、創造的模倣は、製品やサービスを顧客の目で見ることなのです。

IBMのパソコンは、技術的には、アップルのそれと差別化できなかったのですが、IBMは初めからプログラムとソフトウェアを提供し、そのうえ、アップルが専門店というそれまでの流通チャネルに固執していたのに対し、IBMは、専門店、シアーズ・ローバックのような大規模店舗、直営の小売店など、あらゆる流通チャネルを使い、消費者が買いやすく、使いやすくし、IBMがパソコンの市場を手に入れたのは、技術よりも、それらのイノベーションによってだったのです。

何にもまして創造的模倣は、製品ではなく市場から、生産者ではなく顧客からスタートし、市場志向であり、市場追随であり、ここにあげた実例の数々は、創造的模倣に必要な条件を明らかにし、すなわち、それは急成長する市場を必要とし、創造的模倣を行う者は、新しい製品やサービスを導入した者の顧客を奪い取ることによって成功するのではなく、彼らが生み出しながら、放っておいている市場を相手にし、創造的模倣は、すでに存在している需要を満たすのであって、需要そのものを生み出すのではないのです。

想像的模倣は、先駆者が市場の中で見落としている部分、或いは消費者の立場で足りない部分を深く理解し、それを満たすことであり、ステイーブ・ジョブズが追放された、初期のアップルは先駆者であり、他社の創造的模倣を許したのですが、ジョブズが再復帰後は創造的模倣者になり、最終的に市場を確保したのです。

◆賢明さのリスク

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創造的模倣にも特有のリスクを伴い、しかも、そのリスクはかなり大きく、そのため創造的模倣を行う者は、リスクを分散させようとしてエネルギーを分散させる傾向があり、さらには、状況を誤解して模倣してしまうことがあり、意味のない市場の動きを創造的に模倣してしまうのです。

創造的模倣家として世界一の実績をもつIBMは、これらのリスクに身をもって教えていて、これまでIBMは、オフィス・オートメーション(OA)の主要製品について、模倣によって成功してきたのですが、それらIBMの製品は、模倣からスタートしたものであるために、あまりに多様化し、統合したシステムを構築することが困難になっているので、今後、IBMがOAの分野で統合的なシステムを供給し、トップの地位を維持しつづけることができるかは疑問であり、しかもOAは、おそらく未来の大市場であるのです。

このドラッカーの予言は、現実のものとなり、IBMは長期の停滞を余儀なくされ、ナビスコから転身したガースナーCEOの元で、ソリューション・カンパニーとして再出発し、今日の栄華を獲得していて、多分にこのことは、日本の松下電機でも同じことが言えて、昔はマネシタ電機と呼ばれている位、創造的模倣家であったのですが、これにまい進すると、本来の企業のアイデンテイテイから外れてしまい、ビジネスが曖昧になってしまうので、企業の価値感、使命の明確化は外せないのです。

このリスク、すなわちあまり利口すぎることのリスクこそ、創造的模倣につきものであり、創造的模倣は、きわめて単純なある1つの理由から、ハイテクの分野で最も有効に機能し、ハイテクのイノベーションを行う者は、市場中心であることがほとんどなく、技術中心、製品中心だからであり、そのため彼らは、自らの成功を誤って理解し、自らがつくり出した需要に応えることができないのですが、アセトアミノフェンやクォーツ・デジタル時計の例に示すように、ハイテクのイノベーションを行う者だけがそうだというわけではないのです。

創造的模倣は、市場の支配を目指すがゆえに、パソコンや時計、鎮痛剤など、完結した製品、工程、サービスについての戦略に適しているのですが、総力戦の戦略ほどには大きな市場を必要とせず、リスクも大きくはなく、創造的模倣を行う者が仕事を始める頃には、市場はすでに明らかであり、需要もすでに生まれているのです。

しかし創造的模倣は、鋭敏な触角、柔軟さ、市場への即応性、そして何よりも厳しい仕事と膨大な努力を必要とするので、創造的模倣が安全で、楽な方法であるとは、決して言えないのです。

画像は、先週のうどん学校の作品事例で、私の作品と生徒さんの作品事例です。

小が大に勝つ戦略のひとつ、圧倒的な個性の表現です。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「弱みへの攻撃戦略、創造的模倣、イノベーターよりも創造的」

昨日の経営講義の様子で、一昨日はマインドセットであり、大和魂の説明であったのですが、昨日は事業計画書、商圏分析等、技術編の話が中心であったのです。

本日のテーマは「大和魂と社会の四季の関係」です。

昨日のテーマは大和魂であったのですが、過去の歴史上を振り返ってみると、大和魂について思考してみると、江戸の末期から明治時代にかけての近代日本が生まれた前後で、多くの大和魂を持った若者が多く存在していたことが分かるのです。

例えば、昨日取り上げた吉田松陰から始まり、高杉晋作、勝海舟、西郷隆盛、坂本竜馬等々、挙げればきりがないほど、幕末の志士たちが奮闘した時代であり、会津若松の白虎隊等もそのような大和魂を持った若者で、多くの有為の若者たちが国のために命を捨てていったのです。

150年前の幕末から明治にかけての日本は、大きな秩序の変わる時代であり、季節で言えば、冬から春に向かうような時代でもあったのです。

明治維新になり、日本に春が来て、20年間くらい春の時期が続き、次に夏の季節になり、夏の時代も同じく20年位続き、明治時代の日本の高度成長期を迎え、日清戦争に勝利し、国中が沸き返ったのもこのころです。

やがて、日本も夏から秋を迎えるころが日露戦争に勝利したころで、日露戦争は世界中の誰もが日本が負けると思っていた戦争に日本が勝利し、徐々に日本が秋から冬の季節に入るのですが、秋の季節も約20年間で、日本の冬は関東大震災ころに始まり、第2次世界大戦の間が冬の時代であったのです。

そして、終戦と共に春の季節を迎えるのですが、戦争末期には特攻隊を初め、山本五十六等、大和魂を持った軍人をたくさん輩出し、戦後処理に当たったのが、白洲次郎のようなイギリスでの留学経験者ですが、吉田茂とともに日本が不利にならないように、アメリカ駐留軍を敵に回して頑張ったのです。

この時代も日本の秩序が大きく変わる時代の境目であったのです。

日本は第2次世界大戦後の約70年間で奇跡の復活を遂げるのですが、戦後はアメリカ方式の教育により、日本人の心の中から、大和魂は忘れ去られ、失われていったのです。

終戦後、日本の春の季節は約20年間続き、1964年の東京オリンピックで日本の夏になり、戦後の高度成長期が始まったのです。

夏の季節も約20年間続き、1985年のウインドウズ1.0発売ころから秋になり、秋も約20年間続くのですが、その間にバブル崩壊があり、2005年の郵政解散で日本の冬が始まり、東日本大震災、そして今回の九州大震災と続き、日本の現在は冬の真っ只中なのです。

次の日本の春は、オリンピックの後の2025年ころで、それまで日本の冬は続くのですが、過去の事例でいけば、今から春を迎える冬の間で、日本人の間に多くの大和魂を持った若者が誕生するのです。

以上の概念は、社会の季節と言われている概念で、社会の季節は80年周期で巡ってくるのです。

春夏秋冬のそれぞれの季節は、約20年スパンで、春の後は夏になり、夏の後は秋になり、少し早い夏があったり、遅い秋があっても、この順序が入れ替わることは絶対にないのです。

現在の日本が冬の時期であるとすれば、冬の時期に生きているわれわれこそが、大和魂を持ち、果敢に奮闘する時代であるのです。

日本は現在、国内の生産年齢人口の減少だけでなく、総人口の減少が始まり、人口減少が大きくわれわれの生活、ビジネスに影響を及ぼし始めていて、人手不足はますます厳しくなり、国内のほとんどのビジネスは縮小を続けていて、多くのローカルの都市ではすでに、古い商店街だけでなく、目抜き通りまで、完全なシャッター街になっているのです。

だから、現在のような危機の下にある日本は、江戸末期の日本、太平洋戦争末期の日本と共通するものがあるのです。

私は、日本の危機を、自分のビジネスを通じて、或いは、海外に行くことにより、痛いほど肌で理解しているのですが、国内だけでいれば、それほど感じないのです。

しかし、あと10年もすれば、多くの日本人は私が現在言っていることを、実感する日がくることでしょう。

あと10年すれば、暗かった日本の冬も終わりを告げ、新しい春の時代を迎えるのです。

次の新しい春の時代を迎えるときは、多くの成功している日本のビジネスは完全なグローバルビジネスになっていることと思います。

人口減少時代の日本において、1つの活路はグローバル化であり、もう1つの活路はイノベーションであると信じています。

国内も人口減少を続けますが、それでも日本の人口は世界の国々の中では、上位であり、まだまだ日本にはたくさんの人たちが住んでいるのです。

従って、これからのキーワードはグローバル化とIT,イノベーションです。

本日も当社の価値感を掲げ続けます。

1. 顧客に深くフオーカスし、絶えざる奮闘精神で、価値ある奮闘を長期にわたって続ける(顧客との深いコミュニケーション)
2. 自己批判(内省、フィードバック、自己とのコミュニケーション)
3. オープンな姿勢と進取の精神(アライアンス、イノベーション)
4. 効率の追求(利益、コスト)

丁度1年前の昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

弱みへの攻撃戦略

I創造的模倣戦略

「弱みへの攻撃」は、起業家戦略としては、「創造的模倣戦略」と「起業家的柔道戦略」という2つの戦略が、これに該当するのです。

◆イノベーターよりも創造的

創造的模倣は、ハーバード・ビジネススクールのセオドア・レヴィットの造語で、明らかに矛盾した概念であり、創造的ということは、オリジナルということであり、あらゆる模倣に共通していることは、オリジナルではないということであるのですが、これは、まさに内容とぴったりの言葉であり、この戦略は模倣であり、この戦略では、起業家は、すでにほかの誰かが行ったことを行うのですが、この創造的模倣の戦略を使う起業家は、最初にイノベーションを行った者よりも、そのイノベーションの意味をより深く理解しているがゆえに、創造的となるのです。

日本の場合でも、模倣戦略はたびたび実行されるのですが、最近ではそのほとんどが失敗しているのは、イノベーションを行なった者よりもはるかに低いレベルの模倣を行ない、形だけ真似て、イノベーションのコンセプト、要するに本質を理解していないためで、創造的模倣においては、本質の理解が欠かせず、IBMがこの戦略を最も多く使い、大きな成果をあげていて、P&Gが、石鹸、洗剤、トイレタリーの市場でトップの地位を獲得し維持するために使い、日本の服部セイコーが昔の世界の時計市場において、トップの地位を得るために使っているのです。

1930年代初め、IBMはニューヨークのコロンビア大学の天文学者のために高速の計算機をつくり、その数年後の1930年代半ばには、ハーバード大学の天文学者のために、コンピュータの原型ともいうべき計算機をつくり、第2次大戦が終わる頃には、記憶装置とプログラム能力を備えたコンピュータをつくったのですが、そのIBMが、コンピュータのイノベーターとして歴史の本で取り上げられることはあまりないのには、それなりの根拠があり、IBMは、その先駆的な1945年のコンピュータを完成し、二ユーヨークの街中で大勢の人たちを集めて実演した後、自らの設計を捨て、ペンシルベニア大学で開発されたENIACに乗り換えたのは、ENIACの設計者は認識していなかったのですが、給与計算に使いやすかったのです。

IBMは、計算事務という平凡な仕事に使えるよう、ENIACの設計を取り入れ、生産し、アフターサービスすることにし、1953年、ENIACのIBM版が世に出るや、直ちにそれは、企業用の多目的メインフレーム・コンピュータの標準となったのであり、これが創造的模倣の戦略であり、誰かが新しいものを完成間近までつくりあげるのを待ち、そこで仕事に取りかかり、短期間で、顧客が望み、満足し、代価を払ってくれるものをつくりあげ、直ちにそれは標準となり、市場を奪うのです。

IBMは、パソコンについても創造的模倣の戦略を使い、アイデアそのものはアップルのものであり、IBMは、パソコンが経済的でなく、最適にほど遠く、金のかかる間違った製品と見ていたのですが、なぜかそれは成功していたので、
IBMは直ちに、パソコンの標準となり、支配者となり、少なくとも先端的となるべき製品の設計にかかり、その成果がPCで、2年後には、IBMのPCはアップルのリーダーシップを奪い、最も売れる製品、標準たる製品となり、P&Gもまた、石鹸、洗剤、トイレタリー、加工食品などの市場で、ほとんど同じ戦略を使ったのです。

時計業界は、半導体が開発されたとき、それまでの時計よりも正確で信頼性が高く、しかも安い時計がつくれることを知り、スイスの時計メーカーもクォーツ・デジタル時計を開発したのですが、すでに従来型の時計に多額の投資を行っていた彼らは、新製品を贅沢品として位置づけ、時間をかけて導入していくことにしたのですが、他方、国内市場向けに腕時計をつくっていたセイコーは、約50年前に、半導体にイノベーションの機会を見出し、創造的模倣の戦略をとって、クォーツ・デジクル時計を普及品として世に出し、スイスのメーカーが気づいたときには、すでに遅く、セイコーの腕時計が世界のベストセラーとなり、スイスのメーカーは、ほとんど市場から追いやられ、腕時計は単価の安い、コモデイテイとなってしまったのですが、現在は機械式時計の強みと巧みなデザイン力で、反対にスイスの時計メーカーが世界を席巻しているのです。

創造的模倣の戦略は、「総力による攻撃」と同じように、市場や産業の支配まではできなくとも、トップの地位の獲得を目指すのですが、リスクははるかに小さく、創造的模倣を行う者が動き出す頃には、市場は確立し、製品が市場で受け入れられているどころか、通常、最初のベンチャー・ビジネスが供給できる以上の需要が生まれ、市場もすでに明らかになっていて、少なくとも明らかにできるようになっていて、しかも、顧客が何を買っているか、いかに買っているか、何を価値としているかを、市場調査によって明らかにすることができるようになっているのです。

最初のベンチャー・ビジネスが直面した無数の不確定要素も、ほとんどが明らかにされているか、少なくとも、分析し調べることが可能になっていて、もはやパソコンやクォーツ・デジタル時計が何であるか、何をするものなのかを説明する必要はなく、もちろん、イノベーションを行った者が、最初からすべてを行ってしまい、創造的模倣の戦略に対して戸を閉めていることもあり、ビタミンのホフマン・ラロッシュ、ナイロンのデュポンのように、行うべきことをすべて行ってしまっているのですが、これまで創造的模倣に成功した起業家の数を見るかぎり、最初にイノベーションを行った者が、すべてのことを行い、市場を占有してしまっていることは、それほど多くはないのです。

創造的模倣のもう1つのよい例が、「非ピリン系アスピリン」ともいうべきタイレノールであり、これほど創造的模倣の戦略が何であり、成功するための条件が何であり、いかにうまくいくかを示してくれる例はなく、アメリカでタイレノールなる商標名で売られている、アセトアミノフェンは、長年鎮痛剤として使われていたが、ごく最近まで、処方箋がなければ手に入れられない医薬品であり、アセトアミノフェンよりもはるかに古いアスピリンが市場を独占していたのですが、アセトアミノフェンは、アスピリンほどの効き目はなく、鎮痛剤としては効いても、解熱剤としては効かないのですが、その反面、血液の凝固作用がないので、アスピリンのように、長期間にわたって大量に投与しても胃の異常や出血をもたらすという副作用もないのです。

したがって、ようやくアセトアミノフェンが処方箋なしで売られることになったとき、最初に市場に出された製品はアスピリンの副作用に苦しむ患者のための薬として売られ、それは成功し、成功は予想をはるかに上回り、まさにその成功が創造的模倣の機会を生み出したのですが、ジョンソン・エンド・ジョンソンは、アスピリンに代わる鎮痛剤の市場が存在すること、しかもアスピリンのほうが、やがて解熱や血液凝固を必要とする限定された市場になってしまうであろうことを理解し、そこで、タイレノールを一般薬として売り、2年のうちに、このタイレノールが市場を獲得したのです。

この戦略は以上の様に、たいへん有効性が高い割りに、リスクが少ないので、使い易い戦略なのですが、いかに本質を極めているかが重要であり、本質を極めていないと、単に時間とお金の膨大なロスに繋がるだけなのです。

ステイーブ・ジョブズが再復帰後、アップルが大成功した戦略もすべて創造的模倣戦略ばかりで、ipodはソニーのウオークマン以来の携帯型音楽プレーヤーを再設計し、iphoneは通常の携帯電話の問題点を見つけて再設計したものであり、ipadはPCを再設計したのでした。

そして単なる模倣ではなく、それぞれの本質的な役割の時代に合った変化を深く理解し、その本質を独自に掘り下げ、現在のライフスタイルに合わせて再設計を行なったのです。

創造的模倣を活用したイノベーションが次つぎと起きるのは、時代が次つぎと大きく変化しているためであり、最初はウオークマンで満足した人たちも、そのうちに、ウオークマンでは満足しなくなったのです。

ipadとか、iphoneも同様ですが、アップルが起こしたイノベーションのこれらの製品のうち、最も成功を収めたのは、iphoneであり、iphoneがこれだけ成功を収めることが出来た大きな理由は、ipod、ipad等の良さをすべて取り込み、最初に成功したipodもipadもiphoneですべて兼ねることが出来ているのです。

画像は、昨日の経営講義の様子で、一昨日はマインドセットであり、大和魂の説明であったのですが、昨日は事業計画書、商圏分析等、技術編の話が中心であったのです。

教科書に沿っては、そんなに質問がないのですが、教科書から離れると、生徒さんの質問が一気に増えるのです。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「さらに走りつづける、自らの手による陳腐化、リスクの大きさ、僥倖」

昨日の経営講義の様子で、人間力、大和魂への議論は、非常に深く、面白い授業になり、私の思考の整理をする素晴らしいチャンスになりました。

本日のテーマは「大和魂」です。

昨日から本社でのうどん学校とラーメン学校の経営講義が始まり、生徒さんたちと一緒にマネッジメントについて深く学んだのです。

今回の経営講義はいつもより生徒さんの数が少なかったのですが、熱心な生徒さんたちが多く、人数が少なかった割には、生徒さんからの質問が多く、終了がいつもより遅くなったのです。

生徒さんたちの質問内容は1人づつ異なり、それぞれの生徒さんの質問には、生徒さんたちが過去どのような人生を生きてきたのか、現在どのような考えを持って生きているのかが分かるのです。

昨日の講義では、人手不足時代を反映してか、人の採用に関する質問が多かったので、それについて説明するために、人間力についてさまざまな説明をしたのですが、そのうちに、私の背中に書いている大和魂の説明が求められたのです。

大和魂に関して、私が説明したのは、大和魂の基本は自分のことよりも人のためにという精神であり、成就するまで諦めない奮闘精神でもあり、日本は元もと1信教の神道の国で、世界でイスラエルと日本だけが1信教の国で自国の宗教を他国に押し付けない国で、大和魂のベースは当然、日本独特な宗教観の神道がベースになっているのです。

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因みに大和魂をネットで調べると、下記のようなさまざまな説明が見えるのです。

大和魂(やまとだましい)は、外国と比して日本流であると考えられる精神や知恵・才覚などを指す用語・概念で、大和心、和魂で、儒教や仏教などが入ってくる以前からの、日本人の本来的なものの考え方や見方を支えている精神であり、「漢才(からざえ)」に対比して使われ、江戸後期からは日本民族特有の「清らかで死を恐れない気概・精神」の意味にもなったのです。

中国の儒教に「仁義礼智信忠孝悌」の8つの徳目があるように、日本人には日本人としての徳目があり、それらを総称して大和魂と呼び、その徳目を検証すると、次の通りです。

1.「和」:争いをやめ仲良くする心。
2.「誠」:誠意を尽くし、嘘偽りをしない心。
3.「潔」:桜の散り際のような潔さを尊ぶ心。
4.「清」:穢れを嫌い、清浄を求める心。
5.「情」:他を思いやり自分の事のように心を重ねること。
6.「尽」:自分を犠牲にしても相手に尽くそうという心。
7.「根」:根気と不退転の決意を持つこと
8.「誉」:礼儀を重んじ恥を知ること

これらの心を古来日本人は重視し、したがってこれらをもって大和魂と言って差し支えないのです。

本居宣長、吉田松陰に共通するのは、大和魂(心)は、心穏やかで清く相手を上下関係で見ることなく互いに和する(例えば教えあい学びあう)という精神であり、朝起きたときは心も穏やかで、清い状態で自然と調和している状況であると詠んだと考えます。

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松陰の松下村塾や獄舎での講義は有名ですし、その思想は封建思想と相容れないもので、自分の行動は心も穏やかで清く相手を上下関係で見るものでもないという意味だと思います。

日本民族固有の精神で、勇敢で、潔いこと尊ぶ心で、和魂、大和心ともいい、かつて本居宣長はこう詠みました。

「敷島の大和心を人問わば 、朝日に匂ふ山桜花」

また、維新への道筋を開いた輝かしい先駆者の1人、吉田松陰が刑に就く前夜、こう詠じています。

「かくすればかくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂」

また、大和魂は日本の伝統的な精神性ですが、ジョン・ブル魂がイギリス、ヤンキー魂がアメリカ、ゲルマン魂がドイツに、スラブ魂がロシアにあり、精神性は、共通しているのです。

要するに、民族なり国家なりの共同体に勇気と忠誠心を持って貢献しようという気持ちは、比較的人類共通にあるもので、それをそれぞれの共同体なりの言葉で表現しているのです。

戦時下においての大和魂は、軍人に求められる「勇気」を示す言葉であり、古今東西を問わないことで、大和魂という言葉を「ファイティング・スピリット」もしくは「最大限の勇気」という言葉で置き換えてみると、だいたい文脈が通じるのです。

どの国の軍隊でも、勇気は尊ばれ、例えば、イギリス海軍のネルソン提督の戦績を見れば、一瞬の戦機を捉えての果敢な行動が勝利に結びつき、ネルソン提督は、イギリス魂(大和魂と同じ)を最大限に発揮して戦っていたわけです。

レイテ沖海戦を例に取ると、主隊である栗田部隊のレイテ湾突入を実現するため、北方の小沢艦部隊、別働隊の西村部隊は全滅するまで粘り強く戦いましたが、肝心の栗田部隊がどう考えても納得の行かない拙劣な戦闘に終始し、結局、小沢部隊と西村部隊の全滅、栗田艦隊のほぼ半分の犠牲にも係わらず、「レイテ湾突入、敵上陸部隊の殲滅」という作戦目的は達成出来ず、「小沢と西村には大和魂があったが、栗田には大和魂がなく、だから帝国海軍は負け、多くの軍艦・飛行機と将兵の犠牲は無に帰した」となるのです。

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そして、これからの日本の将来を担うわれわれは、過去の祖先の人たちが、苦労して作り上げた日本を更にグローバルに輝ける国になり、世界で尊敬される国になるために、われわれの命を使うのが、これからの未来における大和魂で、グローバル時代における大和魂の理解が必要なのです。

本日も当社の価値感を掲げ続けます。

1. 顧客に深くフオーカスし、絶えざる奮闘精神で、価値ある奮闘を長期にわたって続ける(顧客との深いコミュニケーション)
2. 自己批判(内省、フィードバック、自己とのコミュニケーション)
3. オープンな姿勢と進取の精神(アライアンス、イノベーション)
4. 効率の追求(利益、コスト)

丁度1年前の昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

◆さらに走りつづける

この戦略では、明確な目標を1つ掲げ、そこに全エネルギーを集中しなければならない上に、成果が出はじめるや、さらに大量に資源を投入しなければならず、デュポンは、実用に堪える合成繊維の開発に成功するや、市場が反応するはるか前に、大工場を建設し、繊維メーカーや一般消費者向けに、広告、展示、見本提供の絨毯爆撃を行ない、イノベーションが事業として成功したあと、本当の仕事が始まり、この戦略は、トップの地位を維持していくための継続的な努力を要求し、さもなければ、すべては競争相手のために市場を生むだけに終わるのです。

リーダーシップを握った以上、前よりも激しく走らなければならず、イノベーションの努力をさらに大規模に続けなければならなくなり、開発費も、イノベーションが成功した後においてこそ、増額しなければならず、新しい製品の利用法を開発し、新しい顧客を発掘し、新しい製品を試してもらわなければならず、この戦略は、天下を取るための昔の武将の闘いであり、或いは、第1世界大戦とか、第2次世界大戦と同じような戦争に相当し、一旦戦争が始まったら、2度と後に引き返すことが出来ないし、負けることが出来ないのです。

従って、下記のように、常に戦争の勝敗の推移を見てきたダイナマイトを発明したノーベルが、ダイナマイトの製造でカルテルを戦略的に結成したのは、勝つための戦略の大切さを見てきたためであろうと考えられるのです。

◆自らの手による陳腐化

そして何にもまして、この戦略によって成功した起業家は、競争相手によってではなく、自らの手によって、自社製品や工程を陳腐化させていく必要があり、次世代の製品や工程を開発するためには、最初の成功をもたらしたと同じだけの努力と資源を投入しなければならず、さらには、価格を立てつづけに下げなければならず、高価格を維持することは、競争相手に傘をさしかけ、やる気を起こさせるだけであるのです。

経済史上最も長く続いた私的独占、すなわちアルフレッド・ノーベルがダイナマイトを発明したあとに結成したカルテルが、この方針を堅持し、ダイナマイト・カルテルは、ノーベルの特許が消滅してかなり年月のたった第1次犬戦後も、世界市場を独占し、彼らは、需要が10パーセントから20パーセント増大するごとに価格を引き下げ、生産増に必要な投資は償却ずみだったので、その結果、カルテルは高収益を維持し、したがって、新規参人者にとって工場の新設は魅力がなかったのです。

デュポンが、ナイロンについてこれと同じ方針をとったことは偶然ではなく、そもそもデュポンは、ダイナマイト・カルテルのアメリカのメンバーであり、ワングはワープロについて、3Mはあらゆる製品について、同じ方針をとったのです。

3リスクの大きさ

◆僥倖

前記の例は、すべて成功物語であり、したがって、実際にこの戦略がいかに大きなリスクを伴っているかは示していないのは、失敗の例は、紹介したくとも残っていないからですが、われわれは、成功よりも失敗のほうがはるかに多いことを知っているのです。

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この戦略には、チャンスは一度しかなく、直ちに成功するか、さもなければ完全な失敗であり、息子の頭に載せたリンゴを1の矢で射ち落とさなければならなかったスイスの射手ウィリアム・テルと同じであり、失敗すれば息子を殺してしまうかもしれないだけでなく、しかも自分も殺され、これこそまさに、この戦略をとったときに起業家がおかれる状況であり、まずまずの成功や惜しい失敗などなく、成功と失敗しかなく、成功でさえ、あとからしかわからないのです。

少なくともわれわれは、次の例が失敗していた可能性のあることを知っていて、運や偶然によって救われたにすぎないのです。

ナイロンの成功は僥倖であり、1930年代には、事実上ナイロンのための市場はなく、綿糸やレーヨンと競争するには、あまりに値段が高く、当時の最も贅沢な繊維、絹よりもさらに高く、しかも厳しい不況のさなかにあって、日本は絹をいかなる安値でも輸出するつもりだったのですが、ナイロンを救ったのは、日本の絹輸出にストップをかけた第2次大戦の勃発で、1950年頃、日本が絹産業を再建したときには、すでにナイロンはゆるぎない地位を築き、コストと価格もはるかに安くなっていたのです。

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3Mの最も有名な製品であるスコッチテープについては、すでに述べたとおりであり、ここでも、偶然がなければ、失敗のまま終わっていたにちがいない。

◆リスクの大きさ

この戦略は、リスクが大きく、ほかの戦略、たとえば創造的模倣(次章参照)がとられるのは、この戦略では成功よりも失敗のリスクのほうが大きいからであり、強い意志がなければ失敗し、努力が十分でなければ失敗し、イノベーションとして成功しても、十分な資源を投入しなければ失敗し、事業として成功しても、十分な追加資源を投入しなければ失敗に終わり、成功すれば報奨は大きいが、リスクが大きく、非常な困難を伴い、したがって、この戦略は大きなイノベーションにしか使うべきではなく、たとえば、フンボルトのように新しい政治秩序を生み出すことや、ホフマン・ラロッシュのビタミンのように新しい医療分野を生み出すこと、あるいはメイヨー兄弟のように診断と治療について新しい医療の方法を生み出すことにしか、使うべきではないのです。

実際、これが使えるイノベーションの種類はごく限られていて、しかも、イノベーションの機会についての深い分析と正しい理解が必要であり、エネルギーと資源の集中が必要であり、多くの場合、ほかの戦略を使うべきであり、ほかの戦略のほうが望ましく、リスクが大きいからではなく、「総力による攻撃」に必要なコスト、努力、資源に見合うほど大きなイノベーションの機会はあまりないからであるのです。

以上の様に、この戦略に長けた企業の多くは、大きな戦争を経験したり、戦略の大切さを理解している人たちだけで、西ヨーロッパ大陸は、現在こそ平和な時代が続いていますが、第2次世界大戦以前は、常に戦火に見舞われていたのです。

画像は、昨日の経営講義の様子で、人間力、大和魂への議論は、非常に深く、面白い授業になり、私の思考の整理をする素晴らしいチャンスになりました。

うどん店とか、ラーメン店を新規に開業する生徒さんとこのような議論をすることは、学校参加前には想像もしていなかったのではなかろうかと思うと同時に、当社の麺学校でなければこのようなことを学ぶチャンスは無いはずです。。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「門外漢の強み、成功への道、7つの機会」

昨日のうどん学校最終日の生徒さんたちの作品事例で、今回は茹でた食材が多かったのですが、わざと天ぷらにしてみると、見た目も味も大きく変わったのです。

本日のテーマは「なぜそうなるのかの理由を知る」です。

昨日は早朝6時過ぎにシンガポールから羽田に到着し、羽田発1便で高松に帰ろうと思って急いだのですが、少しの違いで1便目に乗れず2便目になり、2便目は何と30分も遅れたのです。

結果、10時ころに本社到着の予定が12時過ぎになってしまい、本社に到着すると、会計事務所の先生他数名が私の帰りを待っていてくれたのです。

昼食抜きで、駆け足で打合せを行ない、午後1時からはうどん学校実技最終日の私のチェックが始まったので、その後も食事する時間が取れず、昼食は夕方5時になってしまったのです。

今回の生徒さんの盛り付けの問題点の1つは、食材の重量チェックが出来ていなかったことで、牛肉とか鴨肉のコストが幾らかかるのかを掴んでいない場合があったのです。

また、食材のカット厚さにしても、一番美味しいと感じる厚さはどのくらいかの検討が出来ていなかったので、薄くカットし過ぎて、最高に美味しい状態になっていないのです。

例えば、鴨肉には、鴨肉特有の一番美味しいと感じるカット厚さがあるのです。

鴨肉は普通この程度の厚さにカットされている食べ物であると、先入観念に捉われていると、最高に美味しいと感じる厚さになっていない場合があるのです。

このような数字は、試行錯誤を繰り返しながら、確認しながら決めていかねばならず、なぜ、その厚さにカットするのかという明確な根拠が必要です。

次に、昨日は海老をトッピングに使用している生徒さんが何人かいたのですが、皆同じように、エビを茹でているのです。

エビを茹でると、赤く発色してそれなりにはきれいなのですが、茹でることによって、エビのエキスが茹で湯に流出し、せっかくの旨味が流出しているのです。

エビを茹でると、内部に含まれるエキスが流出するので、天ぷらにしたり、ソテーにすると、エキスの流出を避けることが出来、エビ本来の味を楽しむことが出来るのです。

また、このことは肉うどんの肉も同様で、うどんだしの中で生肉を見込むと、だし汁の中に肉のエキスが放出され、肉の味は薄まり、インパクトのない味になってしまい、同時にだしの色も濁ってしなうのです。

ところが、肉うどんの肉をトッピングで使う前に、フライパンで甘辛い調味液と一緒にグリルすると、肉の中のエキス分が外へ流出していないので、美味しさが一段高まるのと同時に、だしの色が濁らないのです。

ラーメンのトッピングとして、もやし等を使う方は多いのですが、ほとんどは、下茹でをしているので、エキス分が流出してしまっているのです。

だから、ラーメン学校では野菜類は、基本的に茹でずに香辛料で軽くソテーすることにより、シャキシャキ感があり、歯ごたえが良く、見た目もきれいなのです。

多くの食材のうち、茹でたトッピングは、食感、味を駄目している場合が、幾つか見られます。

この様に、食材の適性に合い、きれいに見える調理方法を採用することは、大切なのです。

多くの生徒さんは、過去からやっているので、今度もそうするとの生徒さんが多く、なぜ、そのような調理方法にするかという明確な理由が必須です。

当社の麺学校では、生徒さんに応用の力を身に付けるために、わざとそうしている理由を教えているのです。

それを知っていると応用が効き、似たような場合は、自分の頭で考えて対処できるようになるのです。

われわれは生徒さんたちに、常に応用力が付くように、なぜそうするのかとの理由を明確にしているのです。

生徒さんたちが自分の頭で考えて行動出来るようになれる能力を身に付けるお手伝いをしているのです。

要するに、魚を与えるのではなく、魚の獲り方を教えておけば、一生その漁師は路頭に迷うことはないのです。

本日は、朝から経営講義で生徒さんの多くの質問に答えていたのですが、生徒さんにとって苦手なことは思考力なのです。

現在の世の中は自分の頭で考えないでも、何とかなる世の中になっているのが便利なようで、多くの人間を駄目にしているのです。

本日も当社の価値感を掲げ続けます。

1. 顧客に深くフオーカスし、絶えざる奮闘精神で、価値ある奮闘を長期にわたって続ける(顧客との深いコミュニケーション)
2. 自己批判(内省、フィードバック、自己とのコミュニケーション)
3. オープンな姿勢と進取の精神(アライアンス、イノベーション)
4. 効率の追求(利益、コスト)

丁度1年前の昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

◆門外漢の強み

この戦略は、真に新しい、際立ったものをつくり出すことを目指しているがゆえに、外部の素人が専門家と同じ働きをし、あるいは、それ以上の働きをして、素人の強みは、無謀なチャレンジが出来ることであり、知らないが故に、何にでもトライ出来るのです。

私は、もともと麺の製法等もまったくの門外漢だったので、美味しい麺のノウハウをエンジニアの立場から極め、第1熟成、第2熟成の必要性、グルテンの組織を破壊しないために、防腐剤不要の美味しい麺作りのノウハウを確立出来、料理の門外漢であり、エンジニアだったので、デジタル・クッキングのノウハウを確立出来たのですが、新しいことのほとんどは、門外漢の素人によって起こされていて、現在、熱心に日本料理を学んでいる人たちの多くは外国人であり、うどん蕎麦、ラーメンに関しても、外国人は熱心に学んでいます。

ホフマン・ラロッシュ(現在の世界第3位の医薬品メーカー、エフ・ホフマン・ラ・ロシュ)では、化学者ではなく、創業者の孫娘と結婚した音楽家が、自分のオーケストラを維持するために、同社のわずかな配当以上の資金を必要として、この戦略をとり、以来、同社は化学者によってマネジメントされたことが一度もなく、銀行出身の金融畑の人たちによって代々マネジメントされ、医薬品メーカーとして、世界第3位に君臨することが出来たのは、医薬品の素人であり、マネッジメントのプロであり続けたせいなのです。

ヴィルヘルム・フォン・フンボルトは、かつていかなる学界とも特別の関係や経験のなかった外交官だったのですが、1809年にベルリン大学を創設したとき、当時最大の大学の3、4倍の規模をもつ、西洋史上最大の大学をつくり、デュポンのトップ・マネジメントは、科学者ではなく企業人であり、メイヨー兄弟は、外科医ではあったが、中央の医学界からは遠く離れていて、もちろん純粋に産業の内部にいた人たちもいて、ワング博士であり、3Mの人たちであり、アップル・コンピュータを設計した若者であり、この戦略にかぎっては、おそらく門外漢のほうが有利であり、彼らは通念を知らず、したがって何が不可能とされているかを知らないのです。

2成功への道

◆7つの機会

「総力による攻撃」なる戦略は、必ず命中させなければならず、さもなければ失敗し、それは月を狙うのに似ていて、わずかに狂うだけで、ロケットは宇宙のかなたに消え去り、ひとたび発射してしまえば、修正や調整はきかず、したがって、この戦略には、徹底した思考と分析が不可欠であり、小説や映画に出てくるような起業家や、突然思いついたアイデアを、すぐに実行に移すような人に成功はおぼつかず、この戦略が成功するためには、すでに述べたイノベーションの7つの機会を利用したものであることが必要であり、イノベーション7つの機会は次の通りです。

(1)予期せぬことの生起。予期せぬ成功、予期せぬ失敗、予期せぬ出来事。
最もリスクが少なく、最も容易にイノベーションの機会となるものだが、往々にして無視され、IBMは当初、科学計算用にコンピュータを作ったが、企業が給与計算などの世俗的な仕事にコンピュータを使い始め、IBMにとっては予想外の出来事で戸惑いを感じずにはいられなかったが、すぐにこのニーズに応じた。

(2)ギャップの存在で、現実にあるものと、かくあるべきものとのギャップで、ギャップには業績ギャップ、認識ギャップ、価値観ギャップ、プロセス・ギャップの4種類がある。

a.業績ギャップ=製品やサービスに対する需要が順調に伸びているにもかかわらず業績が芳しくない場合。
b.認識ギャップ=ある産業の内部にいる人たちがものごとを見誤り、現実について誤った認識を持っている場合。
c.価値観ギャップ=生産者や供給者が提供していると思っている価値と、顧客が真に必要としている価値との間に違いが存在する場合。
d.プロセス・ギャップ=何か1つの作業を行う一連のプロセスの中で、不安に感じたり困ったりする部分がある場合。

(3)ニーズの存在。
漠然とした一般的なニーズではなく、具体的なニーズでなければならない。

a.プロセス・ニーズ=プロセス・ギャップから生じるニーズ。
b.労働力ニーズ=労働力不足の懸念から生じるニーズで、製造業においてロボットが半熟練労働に取って代わるようになったのは、労働力ニーズの圧力があったためである。
c.知識ニーズ=新しい知識を必要とする場合で、それらの新しい知識は開発研究によって生み出される。

(4)産業構造の変化。
自動車産業がよい例であり、第1の波は20世紀の初頭に訪れ、自動車はかつてのような金持ちの贅沢品ではなくなり、大衆に広まりつつあり、フォードの「Tフォード」はこの産業構造の変化を利用したものである。

第2の波は1960年代から80年代にかけてやってきて、自動車メーカーはそれまでの自国市場独占型の戦略を捨て、グローバル戦略に切り替える必要があり、この動きに真っ先に乗じたのが日本の自動車メーカーで、GMは日本のメーカーに後れを取ったものの、グローバル企業になる決意をし、クライスラーは完全に乗り遅れた。

(5)人口構造の変化。
人口の増減や年齢構成、雇用や教育水準、所得などの人口構造の変化は明白であり、人口構造の変化は突然訪れるものであるかのように認識されていますが、20年後に労働力人口に加わる人々は既に生まれていて、人口構造の変化が生じるまでには、予測可能なリードタイムが存在する。

(6)認識の変化、すなわち、ものの見方、感じ方、考え方の変化。
コップに「半分入っている」と捉えるか「半分空である」と捉えるかは全く違い、従って、取るべき行動も違い、かつて食事の仕方は所得階層によって決まっていて、一般人は質素な食事をし、金持ちは豪華な食事をしたのですが、現在は、一般人が質素な食事もすれば豪華な食事もする。

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(7)新しい知識の出現。
一般にイノベーションと呼ばれるものであり、起業家精神のスーパースターと言え、成功すれば有名になれるし、金持ちにもなれるが、最も成功が難しいのもこのイノベーションである。

知識によるイノベーションは、実を結ぶまでのリードタイムの長さ、失敗の確率、不確実性、付随する問題が他のイノベーションとは全く異なり、知識によるイノベーションのリードタイムはおおよそ30年である。

(1)から(4)は、企業や社会的機関の組織の内部、あるいは産業や社会的部門の内部の事象であり、内部にいる人にはよく見えるもので、他方(5)から(7)は、企業や産業の外部における事象で、この7つの順番には意味があり、信頼性と確実性の大きい順に並んでいます。

ワングのワープロは、プロセス・ニーズを見事に突いたのですが、1970年代には、ついそれまでオフィスで見られたコンピュータ恐怖症が薄らぎ、「コンピュータは何をしてくれるのか」に関心が移っていて、その頃には、オフィス労働者は給与計算や在庫管理を通じてコンピュータに慣れていて、しかもコピー機の普及によって、書類が急増していて、そこヘワングのワープロが、手紙、スピーチ、報告、タイプ原稿の打ち直しという、最もいやがられていた雑用を解消したのです。

ホフマン・ラロッシュは、1920年代の初め、ビタミンという新しい知識をイノベーションの機会としてとらえ、この戦略を採用した創業者の孫娘の婿の音楽家は、トーマス・クーンが『科学革命の構造』を書く30年以上前に、その本の意味するところを理解し、科学上の新理論は、たとえその否定が不可能であっても、それまで育まれ信念と化している理論が生きているうちは、けっして受け入れられることのないことを理解していて、新しい理論は、昔ながらのパラダイムがまったく無効となるまでは見向きもされなく、その間は、新しい理論を受け入れ利用する者が、その分野を独り占めすることになり、もちろんこの戦略は、イノベーションの機会についての綿密な分析があってはじめて成功し、そして、全エネルギーの集中を必要とするのですが、ホフマン・ラロッシュの創業者の孫娘婿の音楽家は、医薬品ビジネスに精通していた訳ではなかったのですが、起業家戦略に長けた、真の戦略家であったのです。

画像は、昨日のうどん学校最終日の生徒さんたちの作品事例で、今回は茹でた食材が多かったのですが、わざと天ぷらにしてみると、見た目も味も大きく変わったのです。

また、盛り付けも少し手を入れるだけで大きく変わったのです。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「野心的な目標」

昨日のラーメン学校最終日の生徒さんたちの作品事例で、日本ほどさまざまな食材がないなかで、いろんな盛り付けの試みを行ないました。

本日のテーマは「ビジネスの成功は人間力」です。

昨日でシンガポールのラーメン学校は終了しましたが、今回のラーメン学校ほど、国民性の違いを理解させてくれた学校はなかったのです。

当社のうどん学校、ラーメン学校は世界中から生徒さんが来ているのですが、世界中から来ても、ベトナム人とか台湾人は日本人に近い国民性を持っている場合が多く、白人とか黒人他、東南アジア以外の国の人たちは、古い日本人が持っていた様な礼儀正しさ等は期待出来ないと思っていたのですが、今回のイランからの生徒さんの礼儀正しさには驚いたのです。

あのような礼儀正しさで振る舞われると、こちらまで襟を正しくしたくなり、余計にこの人のためになってあげたいと思うので、国際ビジネスにおいても礼節をわきまえて振る舞うことの大切さを教えてくれたのです。

当然、イラン人がすべてこのような人たちとは思いませんが、それでも日本文化とかけ離れているイランが日本に近いものを持っていたことが不思議で、昨日の学校が終えて別れるまで、お互いに思いやる素晴らしい関係が続いたのです。

最初はそうでなかった他の国からの生徒さんたちも、このイラン人の親子に触発されて、徐々に変化を遂げていったのです。

国内の麺学校でも同じようなことが起きているのですが、誰か一人でも特別に抜きんでた生徒さんがいれば、その生徒さんに触発されて、そのクラスは大きく変わり、今回のラーメン学校もそのようなラーメン学校で、素晴らしい学校になったのです。

そのような、情熱のある熱心な生徒さんが含まれていると、われわれも熱心な生徒さんのために余計に熱を込めて取り組むので、相乗効果が余計に上がるのです。

一昨日のイラン料理のレストランは、食事の途中で専属ダンサーがベリーダンスを踊るような高級なイラン料理の店で、イラン人の親子からイラン料理について詳しく説明を受け、少しはイラン料理について分かったのですが、レストランの料金は当然、当社で支払う予定であったのですが、イラン人の生徒さん親子が先に払ってしまっていたのです。

また、昨日は授業の途中でイラン人親子が私へのプレゼントだということで、ペルシャじゅうたんまで買ってきてくれたのです。

われわれがラーメン学校の中で教えたことがよほど嬉しかったらしく、たいへんな感謝をされたのです。

ビジネスはお互いを尊重し合うことにより、相手へ貢献したいと気持ちが増し、お互いにとってさらに素晴らしいビジネスの成果が得られるのです。

われわれは常に目先の損得を考えずにビジネスを行ない、麺学校でも常に生徒さんのことを真剣に考えて、出し惜しみせずに何でも与えているのですが、多くの場合は、われわれ講師陣が与えるギフトを受け取ってくれないのです。

しかし、今回のイラン人の生徒さんたちは、われわれの与えたギフトを熱心に吸収し、お返しにわれわれにも素晴らしいギフトを戴いたのです。

われわれはつねに麺学校の生徒さんに対しても、製麺機のユーザーさまに対しても、同じような気持ちで接しているので、われわれのことを理解して貰えるような、価値感を共有出来るお客さまとは、深い信頼関係で結ばれるのですが、残念ながら、現在は価値感を共有出来る人たちの数が少なくなってきているような気がします。

昨日は、イラン人の息子さんと話していると、イランの人口は8千万人で、少子高齢化が進み、若い人の数が少なくなり、若い人が働かなくなっていて、これは世界的な現象であると言っていたのです。

そのために貧しい若い人が増え、結婚出来ない人が増え、結婚は誰でも出来るものではなく、ぜいたく品にもなっているのです。

私の若いころは、金があってもなくても結婚は当たり前で、結婚当時はお金がなくても、2人で頑張って家庭を作っていくのが普通であったのです。

この点についても、われわれの時代の人たちが若い人たちより、ポジテイブな価値感を持ち、若い人たちがネガテイブな価値感を持っているのです。

私は麺学校を開校し、常に生徒さんたちと触れているので、余計に敏感なのかも知れませんが、生徒さんたちと接していると時代の大きな変化を感じるのです。

そして、国内だけでなく、常にある程度の期間、海外の生徒さんたちと濃密な関係になっているので、国内の変化、海外の変化に余計に敏感になっているのかも知れないのです。

現在は、本社でうどん学校を開催中ですが、昨日入った連絡で、海外からの生徒さんの1人が講師に従わず、授業の進行の妨げになっているという情報が入ったのです。

昨日のうちにメールで指示したのは、その生徒さんの入学に至るまでお世話した担当者からの情報と、今朝から藤澤常務と山本常務に生徒さんとの面談をして貰い、問題を解決することを依頼したのです。

松原先生も私と一緒にシンガポールのラーメン学校へ出張中で、本社のうどん学校は若い講師だけだったので、難しい生徒さんの対応が充分に出来ていなかったようです。

しかし、難しい生徒さんほど、講師を鍛えてくれるので、このような生徒さん1人ひとりの問題を解決しながら、講師が育っていくのです。

われわれは常に生徒さん1人ひとりの人生の成功を祈って、麺学校を行ない、また製麺機の販売を行なっているので、当社の価値感を理解して貰いながら、生徒さんたち、お客さま方に成功して貰わなければいけないので、われわれは非常に難しい道を歩んでいるのです。

多分、ライバルにとっても一番やり難い、真似をし難い方法を行ない、時間が多少かかっても、最も苦しい方法が、一番長続き出来る方法であると思っているのです。

日本も過去の成功の遺産の上で、現在は生き続けることが出来ているのですが、過去の遺産はいずれなくなるので、苦しい日々の奮闘を通じて、未来のための遺産作りを行なっていかねばならないのです。

本日も当社の価値感を掲げ続けます。

1. 顧客に深くフオーカスし、絶えざる奮闘精神で、価値ある奮闘を長期にわたって続ける(顧客との深いコミュニケーション)
2. 自己批判(内省、フィードバック、自己とのコミュニケーション)
3. オープンな姿勢と進取の精神(アライアンス、イノベーション)
4. 効率の追求(利益、コスト)

丁度1年前の昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

◆野心的な目標

この戦略は、必ずしも大事業になることを目指す必要はないのですが、つねに市場の支配を目指すので、ここで大切なことは、トップになる事は勿論、市場を支配することであり、われわれの身近な、誰でも知っている事例で言えば、市場を支配している事例は、ほとんど皆無に近いのです。

オートバイでは、ホンダが世界でトップですが、それでも大型のオートバイ市場では、ハーレー・ダビッドソンの1人勝ちで、こうしてみると、市場を支配することは、いかにたいへんかと言うことが分かるのと同時に、そのビジネスを始める初期の段階で、市場を支配することを、ビジネスの目的に加えるかどうかは、非常に重要なことであり、これでビジネスの勝敗が決まるのです。

ミネソタ州セントポールの3Mは、おそらく徹底的に検討したうえでの方針として、大事業になるようなイノベーションには取り組まず、保健衛生用品のメーカーであるジョンソン・エンド・ジョンソンも同じであり、両社は、大事業ではなく、中くらいの事業に発展するようなイノベーションを行ってきているのですが、市場の支配は目指しているのです。

以上の様に、十分に規模の大きい大企業であっても、支配出来る市場にしか参入して来ないのは、マネッジメントの基本を忠実に守っていて、この戦略は企業だけのものではなく、社会的機関も使うことができ、ヴィルヘルム・フォン・フンボルトが、1809年にベルリン大学を創設したときにとった戦略がこれで、ナポレオンに負けたあとのプロイセンは、国家として崩壊寸前の状態にあり、すでに政治的、軍事的、財政的には破綻していて、ヒトラー敗北後の1945年頃のドイツと同じだったのですが、彼は、当時最大の大学の3、4倍の規模をもつ、西洋史上最大の大学をつくり、最高の哲学者ゲオルク・W・F・ヘーゲルをはじめ、あらゆる分野にわたって、最高の学者を招き、ナポレオン戦争による名門大学の閉鎖に伴い、一流の学者さえ乞食になりかねない時代に、それまでの報酬の10倍を払ったのも、市場の支配と言うことを前提に戦略を立てれば、当然のことであったのです。

そのおよそ100年後の今世紀初め、近くに大都市はおろか、医学校もないというミネソタ州の片田舎ロチェスターの町で、2人の兄弟の外科医が、新しい、異端的ともいうべき、一流の専門医がチームをつくり、一流の治療を行うという考えのもとに、医療センターをつくり、今日、科学的管理の父とされているフレデリック・W・テーラーは、メイヨー兄弟に会ったことはなかったのですが、彼は、有名な1911年の議会証言において、メイヨー・クリニックの名を、唯一の完全にして、かつ成功している科学的管理の例として挙げ、この無名の2人の外科医もまた、初めからその世界におけるリーダーの地位を目指し、あらゆる分野の一流の専門医、とくに才能のある若手の医師を集め、高額の治療費を払える患者を集めたのです。

そのさらに25年後、マーチ・オブ・ダイムズが、小児麻痺研究のために同じ戦略をとり、1つ1つ知見を積み上げるのではなく、この不可解な病気を一気に克服することを目指し、研究計画の一部を各地の研究機関に委託するという、前例のないオープンな研究所をつくり、この様に、市場の支配とイノベーションは切っても切り離せない条件があることがよく分かり、マーチ・オブ・ダイムズは、政府の研究開発プロジェクト、原子爆弾やレーダー、近接電波信管の開発計画、さらにはその15年後の有人月着陸飛行計画のモデルとなったのです。

これらのすベてが、「総力による攻撃」の戦略を採用し、これらの例は、この戦略には野心的な目標がなければ失敗することを示していて、この戦略は、つねに新しい産業や市場そのものを創造することを目指し、少なくともそれは、メイヨー・クリニックやマーチ・オブ・ダイムズのように、新しいシステムを生み出すことを目指すのです。

デュポンは1920年代の半ばに、化学者カロザーズを迎え入れたとき、新しい化学産業をつくると宣言はしなかったのですが、デュポンの内部文書によれば、当時のトップ・マネジメントが新しい産業を生み出そうとしていたことは明らかであり、彼らはカロザーズの研究が簡単に成功するとは思っていなかったが、成功した暁には、単なる新製品や製品ラインを超えたものをつくり出すつもりでいたのです。

以上の例からも、以下の例からも、枠を大きくし、社会を変えることがイノベーションによる成功と密接に繋がっていて、「未来のオフィス」という言葉をつくったのは、ワング博士ではないのですが、彼はその最初の広告のなかで、新しいオフィス環境やオフィス労働を説いていたのです。

デュポンもラングも初めから、自らがつくり出した産業において、支配的な地位を得ることを目指していたのですが、この戦略の意味するところを最もよく表している例は、むしろ企業ではなく、フンボルトのベルリン大学であり、フンボルトが実際に関心をもっていたのは、大学それ自体ではなく、彼にとって大学は、18世紀の絶対君主制でもなければ、ブルジョアが支配するフランス革命の共和制でもない、新しい政治体制をつくり出すための手段であり、彼が目指したのは、能力によってのみ採用され、昇進する完全に中立的な職業公務員と、同じように完全に中立的な職業軍人が、それぞれきわめて限定された領域において、独立性を維持するというバランスから成り立つ政治体制だったのです。

今日われわれがテクノクラートと名づけるそれらの人たちは、法の支配のもとにおかれ、彼らは、それぞれ限定された領域のなかでは完全に独立した存在として機能し、そのとき、ブルジョアには2つの自由が保証され、1つが精神的、文化的自由であり、1つが経済的自由であり、すでにフンボルトは、この考えを、その著『政府の有効性の限界』において明らかにしていたのです。

1809年当時、君主制がナポレオンに屈したあとのプロイセンでは、フンボルトの考えにとって障害となっていた勢力、皇帝、貴族、軍が無力化していて、彼はその機会をとらえ、自らの政治理念を実現するための核として、ベルリン大学を創設し、事実、ベルリン大学は、19世紀のドイツが「法治国家」と呼んだ独特の政治体制をもたらし、政治と軍の領域では、強大な高級官僚と参謀将校からなる自律的なエリート集団が力をもち、文化の領域では、教育ある人たちからなる同じく自律的なエリート集団が自治的な大学を中心にリベラルな文化を育て、かつ経済の領域では、規制から自由な自律的経済活動が実現されたのです。

そのような体制のもとにプロイセンは、ドイツにおいてまず初めに知的、文化的な面で優位に立ち、間もなく政治的、経済的に優位に立ち、さらには、ヨーロッパ大陸でリーダーシップを握り、やがて大陸の外のイギリスやアメリカからの賞賛を得るにいたり、実に1890年前後まで、プロイセンの君臨するドイツはイギリスとアメリカにとって1つの文化的、知的モデルとなり、これこそまさに、フンボルトが敗北と絶望の時代のなかで構想し、目指したもので、事実彼は、その目指すものをベルリン大学の設立趣意書と憲章のなかで明らかにしていたのです。

国造りの基礎は、教育であり、明治維新をアジアで唯一成功裏に乗り越えることが出来たのは、江戸末期に各地にあった藩校の存在を抜きにして語ることが出来ず、企業も同じく、教育を外して、企業作りは考えることが出来なく、まず、人を選ぶことと、継続した教育、進化し続ける教育は欠かすことが出来ないのです。

画像は、昨日のラーメン学校最終日の生徒さんたちの作品事例で、日本ほどさまざまな食材がないなかで、いろんな盛り付けの試みを行ないました。

また、イランの生徒さんからは、立派な絨毯を戴いたのです。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

うどん学校・ラーメン学校・そば学校・パスタ学校で開業&成果アップ|「イノベーションと起業家精神(最終)」「第3者の助言、最大の要件、起業家戦略、総力による攻撃、辛い戦略」

イラン人の生徒さんとイラン料理のレストランへ行きました。初めての料理が美味しく、また、健康に良い料理ばかりで、イラン全体を見直すことになりました。

本日のテーマは「ビジネスも精神性で決まる」です。

本日はシンガポールのラーメン学校の最終日ですが、今回のシンガポールのラーメン学校は考えさせられるラーメン学校でもありました。

最初から、イランからの生徒さんたちは少し違うと思っていたのですが、人間性の素晴らしい人たちでした。

当社の方針として、学校中は常にキチンとした昼食を準備し、また遅くなればいつも夕食に案内しているのですが、イラン人の親子の生徒さんだけは、いつもお礼を言うのです。

礼儀正しさは、日本人以上に負けないくらいで、こんなに礼儀正しい民族が中東にいたことに驚かされるのです。

昨日もイランの長男の生徒さんと話していると、イランは昔からのペルシャ文化に育まれた地であるので、サウジアラビアとかイラクとは国民性が異なるとのことでした。

そして、イランでは女性が黒い布で顔全体を隠すようなイスラムの教えを守っていないそうで、今回参加されたお母さんの方も、一切、顔とか頭を覆う布は使っておらず、日本人と同じような服装で、われわれの認識を大きく変えるのでした。

私は過去、イランの食文化に触れたことがなく、イラン人の親子の生徒さんからイランの食文化の素晴らしさをシッカリ聞かされたので、昨晩はイランの親子のラーメンの味の方向性を確認するために、イランのレストランに行こうと決めていると、イラン人の親子からわれわれも行っても良いかと尋ねられたので、どうぞ来て下さいと伝えたのですが、結局、レストランの費用は彼らが払ってくれたのです。

かなり高級なイラン料理の店で、食事の途中でベリーダンスの女性のダンスがあり、イラン人の親子からイラン料理について詳しく説明を受け、少しはイラン料理について分かったのですが、イラン料理の特徴としてさまざまな種類の野菜が非常にふんだんに使われているのですが、ほとんどの使われている野菜は煮込んでいる野菜ばかりで、生の野菜はカットしたきゅうりとトマトだけで、生の野菜は少なかったのです。

前菜はほとんどが野菜料理で、メイン料理に串に刺した肉料理が出てきたのです。

イラン料理のレストランへは、イラン人の好む味を確認するために行ったのですが、単純な濃い、インパクトのある味を好むと思って行ったところ、まったくそうではなく、味付けは控えめで、さまざまな香辛料と食材を使い、深い味の料理であったのが驚きで、イスラエルの料理にも少し似ていました。

野菜は、ナス、玉ねぎ、にんにくをたくさん使い、中でもなすを多く使っていて、イランでナスを多く使う等は、想像も出来ないことでした。

以上のように、海外に出れば分からないことが多いのですが、今回も私にイラン料理に対して興味を持たせたのは、イラン人の親子の存在でした。

他の生徒さんたちと比べて際立って礼儀正しく、際立って熱心で、助けてあげたいという気になるのです。

今回は合計5人の生徒さんですが、熱心さに濃淡があり、礼儀正しさにも濃淡があり、熱心で礼儀正しいほど、何とかしてあげたいという気になります。

「ビジネスの秘訣は先に与えること」であり、「人生の秘訣も先に与えること」であり、このイラン人親子は、このような普遍的な人生の教えをどこで学んだか知りませんが、キッチリ理解しているのです。

シンガポールの拠点では、現地人のジェイソンが当社のエージェントで、彼も先に与えることを実践している1人であり、とても信頼がおけるのです。

韓国のエージェントも同じで、ビジネスパートナーの金さんは元当社の社員で、同じように非常に信頼が置けるのです。

ビジネスは信頼で出来上がっているので、一緒にビジネスをやるのであれば、良い信頼関係を築くことは避けることが出来ないのです。

永く一緒にビジネスをやる場合は、信頼関係抜きには考えられないのですが、社内、社外でこれを理解していない人がときどきいるのです。

社内においても、信頼関係を築くことが大切であることを理解していない人がいたり、学校の生徒さん、或いはお客さまにおいても同様です。

学校の生徒さんと当社のスタッフの関係は、信頼関係の強い絆で結びつけられていて、生徒さんが万一困っていることがあれば、当社のスタッフは常に注意を払い、生徒さんを応援しているのです。

お客さまと当社の関係も同様で、以前から値引きをしなければ、機械を買わないというお客さまと信頼関係を築くことは難しいので、当社は、一切値引き販売をしないのです。

また、強く値引きをするお客さまには、値引きの要望に応え、値引き要求をしないお客さまには、値引きをしないようなことをすれば、お客さま側から見れば、信頼のおけない会社になるのです。

今回のように、イランから古くから日本人が持っていた素晴らしい精神性と同じような精神性を持った生徒さんが参加して、たいへん驚きました。

以上のように世界中から参加するさまざまな生徒さんの人間性に触れ、情熱に触れ、われわれは感化されたり、感化したりしながら、お互いに成長をし続けていくのです。

本日も当社の価値感を掲げ続けます。

1. 顧客に深くフオーカスし、絶えざる奮闘精神で、価値ある奮闘を長期にわたって続ける(顧客との深いコミュニケーション)
2. 自己批判(内省、フィードバック、自己とのコミュニケーション)
3. オープンな姿勢と進取の精神(アライアンス、イノベーション)
4. 効率の追求(利益、コスト)

丁度1年前の昨年2月21日から始まった、半年間以上に及ぶ、「イノベーションと起業家精神」の学びの最終のまとめに取り組んでいきます。

5第3者の助言

前記の例は、ベンチャー・ビジネスの創業者には、外部の独立した人たちからの客観的な助言が必要であることを教えていて、成長しつつあるベンチャー・ビジネスは取締役会を必要としないかもしれず、そもそも取締役会なるものの多くは、創業者が必要とする相談相手にはならないのですが、創業者は、基本的な意思決定について話し合い、耳を傾けるべき相談相手を必要とし、そのような人間は、社内ではめったに見つからないのです。

◆最大の要件

創業者の判断やその強みを問題にできる人物が必要であり、第3者の立場にいる者が、創業者たる起業家に対し、質問をし、その意思決定を評価し、そして何よりも、市場志向、財務見通し、トップ・マネジメント・チームの構築など、ベンチャー・ビジネスが生き残るための条件を満たすよう、絶えず迫っていく必要があり、これこそ、ベンチャー・ビジネスにおいて起業家的マネジメントを実現するための最大の要件であるのです。

このように起業家としてマネジメントし、その実行をはかるベンチャー・ビジネスが、やがて大企業として繁栄するのですが、あまりに多くのベンチャー・ビジネス、とくにハイテクのベンチャー・ビジネスが、本章で述べてきた原理をしりぞけ、「それらは経営管理者のすることであって、われわれは起業家である」と、馬鹿にしているのですが、そのような考えは、自由を意味しないで、無責任を意味し、態度と本質を混同していて、規律のないところに自由はなく、規律のない自由は放縦であって、やがて無秩序へと堕落するか、あるいは、時をおくことなく、独裁へと堕落するのです。

ベンチャー・ビジネスが見通しと規律を必要とするのは、起業家精神を維持強化するためであり、成功がもたらす要求に応えるためであり、何よりも、ベンチャー・ビジネスは責任を必要とし、まさに起業家がこの責任を果たせるようにすることが、起業家的マネジメントであり、財務、人事、マーケティングなど、ベンチャー・ビジネスのマネジメントについて述べるべきことはまだ多いのですが、それら具体的な問題については、すでに多くの書物が論じているのです。

本章では、企業であれ、社会的機関であれ、ハイテク、ローテク、ノーテクのいずれであれ、さらには1人の人間あるいは何人かのグループによるものであれ、また、中小企業のままでいようとするものであれ、第2のIBMたらんとするものであれ、ベンチャー・ビジネスなるものが、生き残り、成功していくうえで、決定的に重要な意味をもつ、いくつかのかなり基本的な原理を明らかにしたつもりであるのです。

起業家戦略

最近、企業の世界では「経営戦略」が流行し、文献も多く出ているが、「起業家戦略」について論じたものには、お目にかかったことがないのですが、「起業家戦略」こそ重要であり、しかもそれはユニークであり、ほかの戦略とは異質で、『コンサイス・オックスフォード辞典』(1952年版)は、戦略を「用兵学、戦争の技術、軍の運用」と定義していて、1962年、アルフレッド・D・チャンドラー・ジュニアは、大企業におけるマネジメントの発展について論じた先駆的著書『経営戦略と組織』(邦訳実業之日本社)において、戦略という言葉を企業行動について使ったのですが、1964年、ドラッカーがはじめて経営戦略について書いたとき、出版社とドラッカーは、この言葉を書名に使うことをためらったのは、書店や雑誌編集者、あるいは知り合いの企業トップが、戦略は軍事行動や選挙運動を意味すると言ったためであり、ドラッカーの著書は、まさに今日、企業において経営戦略とされているものを扱っていて、文中では戦略という言葉も使っていたのですが、ドラッカーが選んだ書名は、『成果をあげる経営』(邦題『創造する経営者』)だったのです。

起業家戦略は以下のように4つあるのです。

1.総力による攻撃
2.弱みへの攻撃
3.隙間(ニッチ)の占拠
4.価値の創造

これら4つの戦略は、互いに相容れないものではなく、1人の起業家がそのうちの2つを組み合わせ、ときには3つを組み合わせて1つの戦略とすることができ、また、必ずしも截然と区別すべきものでもなく、同じ戦略を「弱みへの攻撃」あるいは「ニッチの占拠」としてとらえることもできるのですが、これら4つの戦略には、それぞれ特徴があり、適合するイノベーションと、適合しないイノベーションがあり、それぞれが、起業家に対し異なる行動を要求し、特有の限界をもち、特有のリスクを伴うのです。

最近では、経営戦略という言葉は当たり前のように使われていますが、起業家戦略なるものは、インターネットで探しても、ウイキペデイアにも掲載されておらず、起業家戦略を経営戦略と混同しないで、別物として取り扱う必要があり、起業家戦略と経営戦略の大きな違いは、起業家戦略には、ゼロから起業を立ち上げたり、今ある企業を大きく変革させるための戦略と理解すると分かり易いと思います。

要するに、起業家精神を持ち、イノベーションを起こし、社会に影響を及ぼすような戦略であり、イノイベーションを伴うもので、それだけに、この戦略は、普通の経営戦略より、深い思考、周到な準備がないと成功しない戦略であるのです。

1.総力による攻撃

「総力による攻撃」は、南北戦争において、南軍の騎兵隊将校が連戦連勝の秘密を明かしたときに使った言葉であり、起業家は、この戦略によって、新しい市場や産業の完全支配は無理にしても、トップの地位を得ようとし、つねにそうとはかぎらないが、しばしば、新たに大きな産業を生み出そうとし、最初から永続的なトップの地位を得ようとするトップを狙う戦略だったのです。

◆辛い戦略

この戦略は、多くの人が起業家戦略として最高位に位置づけているものであり、実際、起業家についての文献によれば、この戦略だけが起業家戦略であるとの結論に達し、事実、現実の起業家、とくにハイテクの起業家の多くがそう考えているのですが、そのような考えは間違いであり、多くの起業家がこの戦略をとるのですが、この戦略はリスクが最も小さいわけでもなく、成功の確率が最も高いわけでもなく、起業家戦略としてとくに優れているわけでもなく、それどころか、あらゆる起業家戦略のなかで、最もギャンブル性が強く、いっさいの失敗を許さず、チャンスは2度とない辛い戦略であるのですが、成功すれば成果は大きく、この戦略がいかなるものであり、何を要求するものであるかを知るために、いくつかの例をあげてみます。

スイスのバーゼルにあるホフマン・ラロッシュ(現在の世界第3位、エフ・ホフマン・ラ・ロシュ)は、世界で最も利益をあげている最大手の医薬品メーカーの1つであり、もともとは、ささやかな中小企業で、1920年代の中頃までは、繊維用染料を扱う、業績のさえない小さな化学品メーカーにすぎなく、ドイツの大手染料メーカーや、スイスの大手化学品メーカーの影に隠れた存在だったのですが、同社は、新しく発見されたビタミンに賭け、当時、学界はそのような物質の存在さえ全面的には認めていなかったのに、同社は誰も欲しがっていなかったビタミンの特許を取得しただけでなく、チューリッヒ大学からビタミンの発見者を大学教授の給与の数倍という、業界でも例のない高給で引き拔き、手元の資金に加えて、借りられるだけの資金を集めて、この新しい物質の製造とマーケティングに投入したのです。

ビタミンの特許の消滅から久しい今日、ホフマン・ラロッシュは、依然として世界のビタミン市場の半分を占め、年間数十億ドルの売り上げをあげていて、同社は、ビタミンのほかにも2度、同じ戦略をとり、1930年代、当時の科学者のほとんどが、化学薬品は伝染病には効かないと考えていたときに、サルファ剤を手がけ、その20年後の1950年代の半ば、これまた当時の科学者がありうべからざるものとしていたときに、筋組織弛緩用のトランキライザーを手がけたのです。

デュポンも同じ戦略をとり、15年におよぶ苦労の末、最初の合成繊維としてナイロンの開発に成功したとき、直ちに総力をあげて大工場をつくり、消費財を手がけたことがないために、それまで一度も行ったことのなかった、宣伝を大々的に行い、新しい化学産業を生み出し、両社の例は、大企業の話といわれるかもしれなのですが、ホフマン・ラロッシュは当時、大企業ではなく、以上のように、この戦駱のもとに、文字どおりゼロからスタートした2つの企業の例があり、ホフマン・ラロッシュはスイスの企業で、製薬メーカーの世界2位がスイスのノバルテイスであり、製薬メーカーの世界2位、3位がスイスのメーカーと言うことに驚きますが、スイスは人口800万人で面積は四国の2倍の小国であり、国内に消費人口が少ないにもかかわらず、ネスレ、ノバルティス、ロシュ、USB、オメガ、スウオッチ等、世界的な企業が多いのは、スイス自体が、起業家精神あふれる国であることが、よく分かります。

ワープロは大発明ではなく、それは、タイプライター、ディスプレイ、初歩的なコンピュータという既存の3つの機器を結合しただけであるのですが、この結合が、オフィスを根本から変えるイノベーションとなり、1950年代の半ばにアン・ワング博士がこれを構想した頃には、仲間もおらず、起業家としての実績もなく、資金的な支援もなかったのですが、彼は、初めから新しい産業をつくり、オフィスの仕事を変えることを目指し、その結果、ワング・ラボラトリーズは、周知のように大企業となり、同じように、あのガレージのなかで資金的な支援も事業の経験もなくアップル・コンピュータをスタートさせた2人の若者も、初めから1つの産業をつくり、それを支配することを目指したのです。

昨日のラーメン学校ではイラン人の生徒さんのリクエストに従い、今までのラーメン学校で仕込んだことのない野菜類を仕込んだのです。

ラーメン学校を終えた後は、イラン料理のレストランへ行ったのですが、イラン人の生徒さんを案内したつもりが、われわれスタッフ全員が御馳走になってしまったのです。

初めての料理が美味しく、また、健康に良い料理ばかりで、イラン全体を見直すことになりました。

今日も最高のパワーで、スーパー・ポジテイブなロッキーです。

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