

藤井 薫

私が6年間勤務していた川崎重工を退社して、現在の会社を創業してから既に35年経ちました。(2010年現在)
最初は設計業を始めましたが、オイルショックの後で、社会全体が不景気でした。
その為、私が望む様な自動機械とか、工業用ロボットの設計の仕事はなかなかありませんでした。
そのような背景の中で私が経験もしたことない、この業界の仕事に携わる様になったのは、地元が讃岐うどんの本場であった為です。
色んな仕事をしているうちに、段々と製麺設備に関する仕事が増えてきたのです。
そこで、色んな仕事をするのを止めて、製麺機の製造販売に特化する様になりました。
ところが、うどんは作ったことも全くなく、本当に未知の世界でした。
来る日も、来る日も、粉まみれになりながら、手打ちで麺打ちをしたり、家庭用製麺機を購入して麺打ち機の開発を始めました。
製麺機の製造販売を始めるに当たり、製麺機にとって一番重要な要素は美味しい麺が作れることだと理解する事が出来ました。
従って、創業当時より、美味しい麺の研究開発に打ち込み、創業間もない頃に麺研究室を設けました。
その次に重要な事は、製麺機の安全性です。
昔は製麺機を使う人は、プロの職人だったのです。
ところが最近は、素人のパート、アルバイトの人達が機械を使う様になりました。
その為に、製麺機には事故が多く、機械を使っている人の怪我が多いのも事実です。
私は根っからのエンジニアだったので、安全性と使い易さ、更に機械のデザインにもこだわりました。
当社の機械は念入りな安全装置が施されています。
重要な部分は全てステンレスで精密に作られています。
パート、アルバイトの方でも使い易く工夫してあります。
その為に、価格が他社の製麺機より、高いのが欠点なのですが・・・・。
これらが、現在も引き継がれ、当社は麺の美味しさと健康志向を一番大切にするDNAが引き継がれています。
勿論、価格についてはこれからも大きな課題として取り組んでいかなければなりません。
当社の歴史の中でまず最初に、現在のベストセラー、うどん用製麺機、真打が誕生しました。

しかし私は技術屋だった為に、製品は作れても、売るのは全く無知でした。
それでも、会社を維持するには、販売は欠かせません。
不慣れな営業を、失敗しながら繰り返し、最初は九州から販売を開始しました。
そして、九州で販売していた頃に、うどん用製麺機だけではなく、ラーメン用製麺機が必要な事が判りました。
そこで、ラーメン用製麺機、リッチメンが誕生したのです。
九州での販売がある程度軌道に乗り、営業員を採用し、九州地区の販売を任せました。
次に関西地区での販売を始めたのでした。
関西地区でも営業員を採用し、販売を任せました。
次に関東地区へ向かいました。
すると、うどん用製麺機だけではなく、蕎麦用製麺機が必要な事が判りました。
同時に、蕎麦技術の大家から、そば技術を教わり、それを製麺機に取り入れ、現在の坂東太郎が誕生しました。
そして、関東営業所を開設し、関東地区での販売も本格的になって来ました。
その後、私はソウルへ向かい、ソウル及びその他海外地区での販売に熱心に取り組みました。
海外地区では真打の様な店舗用小型機ではなく、麺工場用の大型機の需要が中心でした。
従って、海外地区の開拓を行なっていた頃には、既に工場用の大型機の開発を進めながら、営業を行なっていました。
このように失敗を繰り返しながら手探りで販売活動をするうちにその地域に必要な麺機が次々と生み出されていくこととなりました。
元々、技術屋だった私が機械の開発の指揮を執りながら、販売の先頭に立ち、販売に精を出していたのですがこの業界には、当社が既に創業した頃、ほぼ全国制覇を終えていた企業や古参の企業が立ちはだかっていました。
私は、これらの企業を抜いていつしか、業界トップになるのだという夢を描いて、一生懸命に取り組んできました。
ところが、これらの企業はそれぞれに得意の分野があり、各地にシッカリ基盤を築いていた為に、なかなか業界NO.1の座には手が届きませんでした。
何年も何年も地を這う様な苦労をしながら、いつしかトップになりたいという夢に向かって、夢中で取り組んできました。

10年余り前に転機が訪れました。
それは、当社の使命を明確にした事が始まりでした。
それまで当社は、製麺機の製造販売する会社でずっとやってきました。
ところが、製麺機を販売しても成功して繁盛するお客様と、失敗して廃業するお客様が居ました。
廃業してしまえば、大きな投資を無くしてしまいます。
人生設計も狂ってしまいます。
うどん店1軒開業すると、普通1,500万円程度はかかります。
従って、お客様が失敗しない様に、繁盛するようにお手伝いをするのが当社の使命ではなかろうかと気づきました。
そこで、私は、当社の使命を麺専門店繁盛支援会社と改めました。
それから、会社がどんどん変わっていきました。
製麺機の製造販売をするのが、当社の仕事だと思っていた頃には、気付かなかった事が色々と気付きました。
例えば、うどん蕎麦店、ラーメン店の様に麺専門店が一番忙しいのは、平日ではなく、休日です。
忙しい日に、製麺機もトラブルを起こし易いのです。
ところが、製麺機の製造販売会社にとっては、休日に休む事は不思議ではありません。
しかし、麺専門店繁盛支援会社となれば別です。
麺専門店の繁盛を支援しようと思えば、メンテナンスは当然、365日、年中無休が当たり前になりました。
そして、うどん学校を始めたり、直営店亀城庵を開業し、うどん学校を終えた開業前の研修を行ない始めました。
更に、麺専用塩46億年を開発したのもこの頃です。
大和体験セミナーもこの当時に始めたのです。
6年前には、ラーメン学校、蕎麦学校を開校しました。
特にラーメン学校には、既存のラーメン店の店主が半分近く、生徒で参加する為に、大変な経験をしました。
生徒さんと講師と一緒に、徹夜した事も何度もありました。
その代わり、進化の速度も非常に速く、世界で最高のプロのラーメン学校として名前が通る様になりました。
世界中から生徒を迎え、2010年11月9日ではワールドビジネスサテライトでTV放映されるまでになりました。
そうしてついに5年前に初めて、当社の売上が業界でNO.1になったのです。
それから5年経過した今、当社はこの業界で完全なトップの位置に立つ事が出来ました。
長年の厳しかった奮闘を振り返ると、まるで夢の様です。
このことを通して私が痛感していることはNO.1になるために機械の販売考えている時は売り上げが伸び悩み
お客様の繁盛を真剣に願ったとき初めて願いが叶うと言う不思議です。
今思うと、これは不思議でもなんでもなく人として世間として当然のことだったのです。
自分がNO.1になるためだけであれば、にどんなに悲壮な努力を続けても夢は叶わなかったと思います。
全てはお客様の為でなければ・・・・。
この気持ちが言葉に出さなくてもお客様には通じるのですね。
そして、昨年末から当社の使命を更に改めました。
それまでの使命は麺専門店繁盛支援会社であったのですが、時折それに違和感を感じるようになった為です。
近頃では定年退職期を迎えた団塊の世代が学校に参加して、うどん店を開く様になりました。
その様な人の中に、繁盛店を目指すのではなく、これからの人生を楽しむ為にうどん店を開く方が出て来ました。
繁盛はしなくても構わないが、人生を楽しめたら良いという方が出てき始めたのです。
或いは、社会に出るのが難しい子供さんの為に、うどん店を始めたいという親御さんが何人も出始めたのです。
この様な方々は、繁盛が目的ではなく、子供さんの自立が目的だったのです。
この様な様々なうどん店開業の目的に触れ、これからは一人ひとりの違った人生の成功ストーリー作りのお手伝いをするのが当社の使命だと信じる様になったのです。
そこで、人生の成功ストーリー販売会社をまず第一の使命にしました。
この使命にした途端、2010年の2月に現在の新本社が手に入り、お客様の人生の成功ストーリー作りのお手伝いを
するのにピッタリの環境が整いました。
今までの営業本部は狭く、お客様の人生の成功ストーリーをじっくり取り組む様な環境ではなかったのです。
それから、飯山工場も狭く、環境も劣悪で、その上、坂道があり、危険な場所でした。
そこへ、夢の様に素敵な新本社が手に入ったのです。
お客様の人生の成功ストーリー作りのお手伝いをするのに、すべてが本当にピッタリの環境になりました。

次に、私が問題点を感じているのは、日本についてです。
例えば、日本は今まで世界2位の経済大国でした。
人口も世界で10番目に多い国であるし、国土の広さもヨーロッパの先進国で日本より、広い国はありません。
ところが、世界に出ると日本という国はあまり、尊敬されていない場合が多いのです。
特に、近隣の中国、北朝鮮からは馬鹿にされているのが現状です。
この様な現状を見て、更に、アメリカを見ると面白い事を見つけました。
アメリカはハリウッド映画、コカコーラ、マクドナルドでアメリカ文化を世界中に広めました。
日本の食文化は世界中で、大変理解されているのです。
そして、日本の麺文化は世界で一番進化しているのです。
ラーメンは既に4,000年前に中国の蘭州では、存在していた事が遺跡から発見されています。
そのラーメンが中国に渡ってきたのは約100年前です。
ところが、中国から渡ってきたラーメンが日本の蕎麦文化と融合して、日本の新しいラーメン文化が開花したのです。
今は、その日本のラーメンが反対に中国に上陸して、チエーン展開して、大成功を収めています。
そこで私は、当社の2番目の使命として、美味しい日本の麺文化を世界中に広める事としました。
これは、今後の日本並びに世界にとって、大変意義ある仕事だと思っております。
これからも、当社は最高に美味しくて、健康に良い麺作りを推進しています。
従って、防腐剤等は一切使用しない、安全な麺作りのノウハウを構築しています。
同時に、当社の製麺機は安全性と使い易さについては、一貫性を持って全然妥協していません。
お客様が絶対に怪我をしない様に、至るところに配慮して機械の設計を行っています。
世界中に美味しくて健康に良い安全な麺作りを広めていく・・・これが私の生涯を掛けた使命であります。
35年以上、麺一筋に、数々の現有名・繁盛店を密着サポートして得たノウハウを凝縮して毎日のメルマガに。 日々の気付きや飲食・外食の最新現場が垣間見れます。